あなたのあなた「……はぁ。」
今日の部活は酷かった。
まず、最初に部室にスコア表を忘れるわ、男子の着替え中の部室に入っちゃうわ、流れ弾にぶつかるわ…
私は深いため息をつくと、重い足を引きずるように帰り道を歩いた。
…こんなテストの結果じゃヤバいよ、ちゃんと部活するなら両立しないと。
でもこれから夏休みに入ってすぐに東京遠征、その後には春高の1次予選もある。
……高校生になって、大学のことも部活のことも本気でするとなると、どっちも完璧に両立しなくちゃならなくて。
それがこんなに大変なんだ…とようやく実感した。
家の前に着くと、家のリビングの明かりが既に付いていて、今日はいつもよりお兄ちゃんが早く帰ってくると言っていたことを思い出した。
…そっか、じゃあお兄ちゃん待たせちゃってるな…。早くご飯作らないと。
そう思って家のドアを開け、「ただいまー…」と家の中に告げる。
あなたのあなた「……え、…?」
私は自分の足元を見て、ほとんど息の声でそう本音を漏らした。
視線の先には、見慣れない黒い革靴が綺麗に揃えられていて…
何か嫌な予感が、私の胸の中をぐるぐると掻き乱した。
父「遅い。今まで何してたんだ。」
あなたのあなた「お父さん…、?」
そこには、3ヶ月ぶりに見る義父の姿があった。
お兄ちゃんのお父さん…私にとっての義理の父親は、この春から海外の病院に勤務している。
元は、仙台にある最も大きな病院に務めていたが、お父さんの技量や経験から是非来て欲しいとお声がかかったそうだ。
父は玄関から物音がピタリと止んだことを不審に思ったらしく、玄関を覗きに来ただけで、私の顔を見て「…リビングに来い」と一言そう告げた。
恐る恐る父の後を追ってリビングに入ると、ソファーに座っていたお兄ちゃんが「…おかえりあなたのあなた。」と声をかける。
父「ったく…賢二郎より帰りが遅いってどういうことだ。お前は部活も入ってないだろ。」
父の言葉に背筋がビクッと跳ねる。
別に嘘をついてるつもりはなかったし、ただ高校の入学式が終わって以降、会ったのは初めてだったから言うタイミングを逃していた。
…だから、隠し事をしていたような気分でばつが悪かった。
父「…あなたのあなた。ハッキリ言いなさい。」
あなたのあなた「…男子、バレー部のマネージャー…やってます。」
震える声でそう言うと、お父さんはチッと不愉快そうに舌打ちして、1人がけのソファーに乱暴に腰を下ろした。
父「…またバレーか、中学で散々やっただろうが。」
あなたのあなた「…すみません。」
父「だいたい迷惑をかけるなと言ったろ?こんな時間に帰ってきて…まさか、賢二郎に家事を手伝わせてるなんてことないだろな?」
どんどん語彙が荒くなってくる父に萎縮していると、「…父さん、」とお兄ちゃんがストップをかけた。
白布「俺は迷惑かかってない。それに、1人で家の事全部やるなんて無理な話だろ?いずれ俺も一人暮らしする時に困らないから、そんなに心配しなくていいから。」
父「賢二郎は黙ってろ。…この結果、お前だってバレーしてなかったら、もっと高得点狙えたろ?1位だからって慢心するなよ。」
お父さんはそう言い放って、お兄ちゃんに1枚の紙を渡す。内容からしてきっとお兄ちゃんの期末の成績なんだろう…。
父「ったく…ただでさえ高い学費払ってんのに。バレーするために白鳥沢に行かせたんじゃない。勉強するために行かせたんだからな!」
白布「……そのぐらい分かってるから。」
お兄ちゃんもいつにも増した仏頂面で受け取ると、その場のソファーに再度座る。
父「おい、自分の部屋戻って勉強しろ。」
白布「上だとWiFi届きにくいんだよ。ここでリスニングするから…それでいいだろ。」
お兄ちゃんはお父さんの顔を見ずにそう言い放ってイヤホンを耳に差し込む。
お父さんはそんな態度に、はぁ…とため息をつくと「…それで、お前の期末は?」と私に視線を向けられた。
……どうしよう。あんな結果見せられない…。
お兄ちゃんより悪いのに、それでも「慢心するな」って怒られてたのに…。
そう思って固まっていると、お父さんは面倒くさそうに立ち上がって、私の持っていたスクールバッグを取り上げた。
私は「あっ…」とも何とも言えずにただその行く末を見ていると、お父さんは私のファイルから1枚のプリントを取り出す。
父「…よくこんな成績で部活に入ったもんだなぁ。」
その低い声に縮こまって、私は掠れた声で「…すみません、」と呟く。
父「…もういい。今回のテストで部活がどれだけ勉強に支障が出るか分かっただろ。」
怒鳴られると身構えていた分、静かに告げる父の声に戸惑っていると、お父さんは私の両肩にポンと手を置いた。
父「部活やめて、これからは勉強に専念しなさい。」
両肩に込められる力と正面から押される圧に、視線が逸らせない…
「はい」以外の答えを受付ない、その高圧的な空気を肌でビリビリと感じる。
白布「父さん、あなたのあなたがバレー部始めたのは2週間前なんだよ。…慣れなくて勉強に影響が出てもおかしくないだろ。一方的にそんなキツいこと言うなよ。」
圧がスっと和らぎ、父の手が肩から離れるとその場にしゃがみこむようにペタン…と足をついた。
…お兄ちゃん、イヤホンしてたから聞こえないはずじゃ…。
そんな私の心の声を読んだかのように、私にチラッと目線を向けると、「このイヤホン、アンビエントサウンドモードついてるから。」と微笑んだ。
父「…自分で考えろ。誰のおかげでここに居られるのか。親でもないのに育ててもらえて、それに飽き足らず反抗するんなら、俺にも考えはあるからな。」
そう言うと、お父さんはバンッ!と大きな音をたてて机に書類を叩きつけ、リビングから出ていった。
そこに置かれていたのは…、お父さんの名義と印鑑が押された便箋と『退部届け』と書かれた封筒。
私はそれを手に取って無言で見つめていると、頭の上のほうから伸ばされた手によって、封筒を取られる。
白布「あんま気にすんな、って言っても無理なことぐらい分かってる。……ごめんなあなたのあなた。」
お兄ちゃんが柄にもなく弱々しい声でそう呟き、優しく私の頭を撫でる。
やっぱり、部活は辞めたくない。悩んで悩んで、ようやく決断して…それで入ったバレー部だから。
みんなの、烏野のバレーを応援したい。私にできる限りのことでサポートしたい。
…けど、
両親を亡くした私が、血縁関係もない父が何不自由なく生活させてくれてるんだ。
_____私は、“どうするべき”なんだろう…。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。