第9話

47
2019/01/03 02:06
「朱里、なの?」
「ただいま、お母さん。」
2人は泣崩れる。長い間抱き合いながら言葉を交わす。暦はもう4月。暖かくなってきていた。朱里はその日のことをあまり覚えていない。自分がどんな経路で家に帰ってきたか、いつ帰ってきたか、その日何をしたか。ほとんど記憶に残っていない。それはあの部屋にいた時と同じだった。ただ、確実に違うのは時間の経過が遅いことと、屋根があること。それだけだった。
1ヶ月、2ヶ月と暦は進んでいく。
日に日に彼女の中であの部屋での出来事は風化していく。あの日の景色以外は。しかし、一方で、彼女の心の中にかかった靄は大きくなっている。その正体がなんなのか、彼女は薄々気づいていたが、絶対に違うと否定し続けた。なぜなら彼女には、残っている記憶よりも以前に一人の男の子と交わした約束があったから。そうだ。あの日もちょうど雪が降っていた。

季節は過ぎて、気温は下がり始めていた。

プリ小説オーディオドラマ