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第2話

鼻 2
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2022/01/04 04:00
 最後に、内供は、内典外典ないてんげてんの中に、自分と同じような鼻のある人物を見出して、せめても幾分の心やりにしようとさえ思った事がある。けれども、目連もくれんや、舎利弗しゃりほつの鼻が長かったとは、どの経文にも書いてない。勿論竜樹りゅうじゅ馬鳴めみょうも、人並の鼻を備えた菩薩ぼさつである。内供は、震旦しんたんの話のついで蜀漢しょくかん劉玄徳りゅうげんとくの耳が長かったと云う事を聞いた時に、それが鼻だったら、どのくらい自分は心細くなくなるだろうと思った。
 内供がこう云う消極的な苦心をしながらも、一方ではまた、積極的に鼻の短くなる方法を試みた事は、わざわざここに云うまでもない。内供はこの方面でもほとんど出来るだけの事をした。烏瓜からすうりせんじて飲んで見た事もある。鼠の尿いばりを鼻へなすって見た事もある。しかし何をどうしても、鼻は依然として、五六寸の長さをぶらりと唇の上にぶら下げているではないか。
 所がある年の秋、内供の用を兼ねて、京へ上った弟子でしの僧が、知己しるべの医者から長い鼻を短くする法を教わって来た。その医者と云うのは、もと震旦しんたんから渡って来た男で、当時は長楽寺ちょうらくじ供僧ぐそうになっていたのである。
 内供は、いつものように、鼻などは気にかけないと云う風をして、わざとその法もすぐにやって見ようとは云わずにいた。そうして一方では、気軽な口調で、食事の度毎に、弟子の手数をかけるのが、心苦しいと云うような事を云った。内心では勿論弟子の僧が、自分を説伏ときふせて、この法を試みさせるのを待っていたのである。弟子の僧にも、内供のこの策略がわからない筈はない。しかしそれに対する反感よりは、内供のそう云う策略をとる心もちの方が、より強くこの弟子の僧の同情を動かしたのであろう。弟子の僧は、内供の予期通り、口を極めて、この法を試みる事を勧め出した。そうして、内供自身もまた、その予期通り、結局この熱心な勧告に聴従ちょうじゅうする事になった。
 その法と云うのは、ただ、湯で鼻をでて、その鼻を人に踏ませると云う、極めて簡単なものであった。
 湯は寺の湯屋で、毎日沸かしている。そこで弟子の僧は、指も入れられないような熱い湯を、すぐにひさげに入れて、湯屋から汲んで来た。しかしじかにこの提へ鼻を入れるとなると、湯気に吹かれて顔を火傷やけどするおそれがある。そこで折敷おしきへ穴をあけて、それを提のふたにして、その穴から鼻を湯の中へ入れる事にした。鼻だけはこの熱い湯の中へひたしても、少しも熱くないのである。しばらくすると弟子の僧が云った。
弟子の僧
 ――もうゆだった時分でござろう。
 内供は苦笑した。これだけ聞いたのでは、誰も鼻の話とは気がつかないだろうと思ったからである。鼻は熱湯にされて、のみの食ったようにむずがゆい。
 弟子の僧は、内供が折敷の穴から鼻をぬくと、そのまだ湯気の立っている鼻を、両足に力を入れながら、踏みはじめた。内供は横になって、鼻を床板の上へのばしながら、弟子の僧の足が上下うえしたに動くのを眼の前に見ているのである。弟子の僧は、時々気の毒そうな顔をして、内供の禿げ頭を見下しながら、こんな事を云った。
弟子の僧
 ――痛うはござらぬかな。医師はめて踏めと申したで。じゃが、痛うはござらぬかな。
 内供は首を振って、痛くないと云う意味を示そうとした。所が鼻を踏まれているので思うように首が動かない。そこで、上眼うわめを使って、弟子の僧の足にあかぎれのきれているのを眺めながら、腹を立てたような声で、
内供
――痛うはないて。
 と答えた。実際鼻はむず痒い所を踏まれるので、痛いよりもかえって気もちのいいくらいだったのである。