カグツチはフォトフレームに小さく収まった女性を見て大きなため息をついた。
思えばあれから10 余年。
カグツチは随分と老けてしまったが、こちらに向かい笑みを浮かべる被写体は、相変わらず麦わら帽子を被り、元気に両手を広げていた。
そう語りかけると、カグツチは机の上に置かれたマグカップを手に取り、中に注がれた黒い液体を一気に飲み干した。
窓の外には広大な青い海が、頂上から降り始めた太陽にギラギラと照らされていた。
カグツチはこの海に深い思い入れがあった。
遠くに響く波の音。
海底に不規則に並ぶゴツゴツとした岩のクラスター。
海流に揉まれる海藻たち。
周囲に群がる銀色の魚は、それらを華麗に避けながら強い海流を物ともせず悠然と泳いでいた。
その時だった。
あの箱を見つけたのは……。
その箱は長年海水に浸かっていたせいか、ほぼ朽ち果てており、海底の岩たちに同化する様にひっそりとその場に鎮座していた。
レギュレーターを咥えているため、何かのうめき声のように聞こえた声は、気泡となり互いに重なり合いながら、揺れ動く紺碧の空へと消えていった。
直後微量の気泡と共にブザー音がカグツチの耳に飛び込んできた。
ボンベの空気残量があと僅かなのを知らせる警告音だ。
カグツチは焦ることなく、箱を目の前にして浮上すると、海面に顔を出しレギュレータを口から外した。
今となっては後悔しかない。
あの時目の前の箱に手を伸ばしていたら……。
あの日からカグツチは毎晩悪夢にうなされ続けていた。
首を絞め続けられる夢。
包丁で滅多刺しにされる夢。
鈍器で殴られる夢。
大海に沈められる夢。
どの夢にも共通するのは、カグツチのよく知る女性に殺されるということだった。
彼女は悲しそうな表情でカグツチを殺すと、決まって自らも命を絶ってしまうのだ。
カグツチは怖かった。
自分のせいで無念の死を遂げてしまったその女性が。
それでもカグツチは彼女のことを愛していたのだ。
彼女にとって自分は唯一無二の存在なのだから。
またカグツチにとっても彼女は唯一無二の存在であった。
カグツチはそう囁くとカーテンを閉め、ベッドに力なく座り込んだ。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。