22時15分。
圭介はシーツで作った簡易の梯子に手をかけると、浴室の天井にある小さな穴へと消えていった。
圭介の後ろ姿を見送った鳥羽が呟く。
クロウは鳥羽の肩をポンと叩くと、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
2人の言い合いに半ば呆れた様子の亜美が間に割って入る。
自分よりも若い者に注意されたのが情けなかったのか、鳥羽は肩を落としてソファに座り、黙りこくってしまった。
鳥羽は警部である自分が自ら犯罪者の力を借りなくてはいけないことに屈辱を感じていた。
圭介の言う通り、確かにクロウの力がいなくては今回の計画は遂行できないのだが、それでも警部としての誇りがそれを許さなかったのだ。
ソファに座って険しい顔をしている鳥羽に亜美が声をかける。
亜美は鳥羽の答えを聞くと、黙々と急須に茶葉をいれ、ポットからお湯を注いだ。
しばらくして茶葉から色が出たのを確認すると、亜美は鳥羽の目も前に置かれた湯呑みにお茶を注いだ。
鳥羽は亜美に礼を言うと、湯呑みに口をつけた。
味はまちまちではあったが、疲れっていた鳥羽には束の間の至福であった。
鳥羽は気合を入れるために両腿を叩くと、ソファから立ち上がった。
クロウも座っていたベッドから勢いをつけて立ち上がると、部屋の窓から外の景色を眺め始めた。
藤島が外の景色と腕時計を見比べながらそう囁いた。
大丈夫。
大丈夫。
大丈夫。
亜美は心の中でそう3回唱えると、目蓋の裏にある男の姿を思い描いた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!