20時30分。神志山ホテル69階。
陽が完全に沈み、真っ暗になったホテルで1人、男は黙々と黒い箱と格闘していた。
口にはペンライトを咥えて、ドライバーで蓋を外し、カラフルに配置されたコードを淡々とナイフで切っていく。
こんなところ奴らに見られれば裏切り者として殺されてしまうだろうが、彼を助けるにはやむを得ないことだった。
別に彼に会ったことも話したこともないが、彼にはある種可能性を感じているのだ。
男はテーブルの下に仕掛けられた箱を慎重に取り外すと、それをテーブルの上に置き、椅子に腰掛けた。
これまでと同じように蓋を取り、コードを切る。
黒い箱についていた2つのランプはどちらも消え、レストランを照らす光は咥えたペンライトと、夜空に浮かぶ月だけになってしまった。
黒い箱の処理を終えた男は道具を乱暴にズボンのポケットにしまい、反対のポケットからタバコ1本とライターを取り出した。
咥えていたペンライトを口から外し、テーブルの上に置くと、取り出したタバコに火をつけ、今度はそれを口に咥えた。
ちょうどその時胸ポケットに入ったスマホが着信音を鳴らした。
スマホを手に取りディスプレイを見ると、そこには男の嫌いな名前が表示されていた。
出たくはなかったが、出なければ変に疑われてしまう可能性がある。
男はテーブルに置いてあった灰皿でタバコの火を消すと、応答と書かれた緑のマークを押し、上手い言い訳を考えながらスマホを耳にあてた。
電話の相手は女だった。女の声に動揺はなかったが、姿の見えなくなった男への多少の苛立ちを当の本人は感じとった。
女の声はだんだんと荒々しくなってくる。
男は女の返事を待たずに一方的に通話を終わらせると、椅子から立ち上がり月明かりが照らす広大な海を眺めた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。