第22話

22話 それぞれの終着点(前編)
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2021/04/27 04:00
本番、私はふたりを思い浮かべながら、

ショパンの子犬のワルツを演奏した。
あなた

(拓先輩の天真爛漫な弾む音、
来希のしっとりした色気のある音)

あなた

(ふたりの存在が、
無色だった私のピアノに色をくれる)

観客席を見なくても、
ふたりの温かな眼差しを感じる。
あなた

(ひとりじゃない。
そう思えるから、私……
ここで弾き続けていられるんだよ)

感謝を込めて最後まで弾き終えると、
喝采が私を包んだ。

そこで初めて、演奏が終わったことに気づく。
あなた

(私、夢中だった……。
全力で、弾くことを楽しんでた)

じわっと肌に汗が滲んでいる。

息も少しだけ乱れていて、
立ってお辞儀をするのを一瞬、忘れていた。
あなた

(いけない、挨拶……)

心地いい疲労感の中、
ステージの前に出て、
私は会場の観客にお辞儀をした。

拍手がいっそう大きくなり、
ふわふわとした気持ちで舞台袖に戻る。
あなた

(会いたい、ふたりに──)

結果を見る気がなかった私は、
すぐにふたりのもとへ駆けた。
【拓side】

観客席にいた俺は、生き生きと弾くあなたを見て、
つい涙ぐんでしまった。
笹葉 拓
笹葉 拓
(やっと、苦しみから
抜け出したんだな)
ずっと鼻をすすると、
来希が半目で俺を見る。
篠宮 来希
篠宮 来希
……先輩って、ほんと
純粋ですよね
笹葉 拓
笹葉 拓
それ、褒められてる気がしないぞ
篠宮 来希
篠宮 来希
若干けなしてますしね
笹葉 拓
笹葉 拓
おいっ
にこっと笑いながら、
来希は容赦なく毒を吐く。
笹葉 拓
笹葉 拓
(そりゃそうだよな。
来希からすれば、
俺は彼女にまとわりつく
悪い虫……みたいなものだしな)
篠宮 来希
篠宮 来希
でも……
篠宮 来希
篠宮 来希
あなたのピアノの音色が
豊かになった
来希の目は優しく細められている。
笹葉 拓
笹葉 拓
(こいつ、最初は女の子に
だらしなかったみたいだけど、
今は……。あなたのこと、
大事に想ってるんだな)
嬉しいことのはずなのに、
どうも胸がズキズキと痛む。
笹葉 拓
笹葉 拓
(俺は……来希が心変わりしようと、
あなたが来希を求めてようと、
それでも……)
笹葉 拓
笹葉 拓
(あなたが好きだ)
笹葉 拓
笹葉 拓
(やっぱり、どうしたって
応援できない。
俺って、すげえ傲慢だったんだな)
篠宮 来希
篠宮 来希
先輩が……あなたを
変えたんだな……
笹葉 拓
笹葉 拓
なに言ってんだよ。
変えたのは来希の存在も
あったからだろ?
篠宮 来希
篠宮 来希
そうかもしれないけど、でも……。
あなたは基本的に、人に弱みを
見せないでしょ?
笹葉 拓
笹葉 拓
たしかに、自分の内に抱え込んで、
じっと耐えてるところがあるよな
篠宮 来希
篠宮 来希
よくわかってるー、先輩。
そんなあなたが、先輩には
自分の弱みを見せた
笹葉 拓
笹葉 拓
お前には見せてなかったのか?
彼氏だろ
篠宮 来希
篠宮 来希
痛いとこ突かないでよ、先輩
笹葉 拓
笹葉 拓
え、わ、悪い!
笹葉 拓
笹葉 拓
(でも俺、なんか悪いこと言ったか?)
篠宮 来希
篠宮 来希
まあ、いいけどさー。
俺、あなたが母親のことで、
あんなに悩んでること、
知らなかったんですよ
篠宮 来希
篠宮 来希
その時点で勝ち目ないわって、
そう思いましたね
困ったように笑って、
俺の肩をぽんっと叩く来希。
篠宮 来希
篠宮 来希
だから、とっておきの情報を
教えてあげますよ
笹葉 拓
笹葉 拓
とっておき? 
もったいぶるなよな
篠宮 来希
篠宮 来希
俺とあなた、とっくに別れてる
まさに寝耳に水、
俺の頭は来希の言葉をすぐに
理解できなかった。
笹葉 拓
笹葉 拓
……、……、……え?
笹葉 拓
笹葉 拓
(今、なんつった?)

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