──あれは、確か小学校2年生の時。
運動があまり得意とは言えないマタロウは、いつもかけっこでビリだったが、その年の運動会の徒競走で何と一等賞をとれた。
お母さんは、きっと沢山褒めてくれる、そう思った。だけど、あろうことかお母さんの第一声は『褒め』では無かった。
お母さんはこう言ったんだ。
『たまたま運が良かったね』
まずい。
このままではマタロウが完全に自信をなくし諦め、エマとウー助どころか、マタロウを含めたこの場の全員の安全は、全く保証されないものとなってしまう。
気付けば、あなたの口は動いていた。
マタロウの動きが止まる。
マタロウは、さっきよりもっと古い記憶を思い出していた。
マタロウが、まだ幼稚園生だったある日のこと。
おじいちゃんの家の縁側で、子供がやるには難易度が高いプラモデルを作ってみたことがあった。
だけどなかなか上手く組み立てられない。
だから、途中で諦めて、投げ出そうとしたんだ。
すると、マタロウの隣に、おじいちゃんが腰掛けて言った。
そう言うと、おじいちゃんはマタロウにパーツを手渡した。
『努力して、工夫して、向かい合え』──いつも、おじいちゃんはそう言っていた。
そう──あのときとは、おじいちゃんが亡くなる間際のことだ。
おじいちゃんのおかげで最後まで組み立てられた、あのプラモデルのロボットを握りしめて、マタロウは布団に寝ているおじいちゃんにすがりつき、泣いた。
マタロウは、少しずつ声がか細くなっていくおじいちゃんの手を必死で握り締めた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!