未来に来て五日が経った。
俺は未来人たちに何不自由なく過ごさせてもらっている。
公園で遊んだり、買い物行ったり‥‥‥昨日は映画を見に行った。
未来での生活に気持ち悪いくらい馴染めている。
学校も春休み中だし違和感が無い。
明日菜は、二日目からやたら黒髪ロングの女性に懐いていた。
名前を聞いても教えてはくれない人たちと、どうして明日菜はあんなに仲良くできるのだろう。
俺だって馴染めてはいるが仲良くなんてできていない。
ポニーテールの女性は、仕事から帰ってきたばかりなのかスーツのまま居間に出てくる。
高身長の男性もまた、たった今仕事から帰ってきたのかスーツのまま居間に入ってきた。
まるで漫才のような会話に、思わず笑みがこぼれる。
ふと明日菜を横目で見ると、明日菜は楽しそうに笑っていた。
そして、視界に映った來春の表情。
紛れもなく本当に、楽しそうに微笑んでいた。
明日菜もそうだったが、ずっと暗い顔ばっかりで笑うことなんて一切無かった來春が、微笑んでいる。
明日菜や來春が笑ってることに対して驚きを隠せないまま、俺は短髪の男性と一緒に台所へと向かう。
やばい、変に思われた?とか思いながら手を洗った。
ほぼ今が旬の食材だ、と少し驚く。
家庭科の授業で旬の食材をそれなりに学んだが、こんな場面で思い出すとは。
俺は静かに頷く。
すると短髪の男性はよし、と言って笑った。
米とぎは母ちゃんに手伝いを頼まれてよくしているから、大体やり方は分かる。
今スーパーとかで売っている米は、何度か濯ぐ程度で充分らしい。逆にがっつり洗ったのなら美味しさが落ちてしまうのだとか。
洗い過ぎないように、洗い過ぎないように、と何度も思いながら米とぎを済ませる。
終わったことを伝えるべく短髪の男性の方を向いた。
短髪の男性は、トン、トン、と一定の音を立てながらタケノコを切っていた。
ここ五日間でもう充分分かったのだが、この人は普段の会話からは想像できないくらいの器用さだった。
飯は美味い、掃除できる、裁縫なんてちょちょいのちょい。なんなら折り紙やあやとりだってさっとやってみせる。絵も上手い。
黒髪ロングの女性もそれなりにできるが、この家の中だったら短髪の男性が器用ナンバーワンだ。
ポニーテールの女性は不器用オブ不器用って感じだし、高身長の男性は器用だけど料理に関しては疎すぎる。
凄いなと思いつつ、俺には無理だなと思いつつ。
俺は静かに短髪の男性の肩をつついて、終わりました、と告げた。
そう言って渡されたのはアスパラガス。これも今が旬。
短髪の男性はそう言ってにっと笑う。
その瞬間、あぁ、この笑顔。明日菜や來春が笑ったのも合点がいくな、と思った。
明らかに「さ」がウザ絡みする語尾に気付いたが黙っておく。
それにしても、突然話してきたかと思えば知り合いの馬鹿な奴って‥‥‥誰だよそれ。
なんて言いそうになりながらアスパラを包丁で切り始める。
内心、猫の手猫の手猫の手猫の手猫の‥‥と焦りで埋め尽くされているが。
短髪の男性の言葉に包丁を握る手がゆるみ、危うく包丁を落としそうになる。
‥‥‥何だよ、それ。まるでその馬鹿な奴は俺みたいじゃないか。
そう思いながらも、俺はアスパラを切り続けた。
それは違う。だって、
心を読まれたのかと思い、ばっと顔を上げて短髪の男性を見上げるが、短髪の男性は表情を変えずにニンジンを切っていた。
さっきから連呼される“良い奴”。俺はそう思えなかった。
でも、それでも、短髪の男性は嘘の無い柔らかな表情で言った。
“良い奴”、と。
まるで自分が良い奴と言われているようで、少し歯がゆくなる。
『やっぱ良い奴だよな?な??』とにんまりしながら言うものだから、『ソ、ソウデスネ‥‥』と言ってしまう。
でも俺は。それでも俺は。
取り返しの付かないことをした。
話を聞けばまだこんな別れ方しないで済んだ。
きっと皆のことを、俺が傷付けた。
これで本当に“良い奴”だと言えるか?
もう一生、永遠と仲直りできないなんて俺は嫌だよ。
そう思っているのは我が儘。
ほら。こういう所なんだ。“良い奴”だと言えないのは。
突然の予想外な言葉に、今度は包丁をまな板に強く叩きつけそうになる。
『フツーに呼び出して話聞けば良くね?』と言う短髪の男性に、俺は無意識に『呼び出しに応じなかったらどうすんだよ』と呟いていた。
はっとした時にはもう遅く、その声が届いてしまったのか短髪の男性は目を丸くしていた。
丸くした目を今度は細めたかと思えば、とんでもないことを口にする短髪の男性。
短髪の男性は、まぁそれでも大嫌い言われたらそん時はそん時だ、と言ってにししと笑った。
その瞬間、どこかの堤防が崩壊したみたいにポロポロと涙が溢れ出した。
あれ‥‥何で泣いてんだ、俺。
涙を流す俺を見て、短髪の男性はオロオロし始める。
俺はなんか面白い、と思いながらなみだを拭った。
エッまじで!!?!?と本気になりつつある大人を見て、また面白くなる。
それと同時に思った。
明日菜が懐くのも、何か分かる気がする、と。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。