第35話

「 馬 鹿 な 奴 の 話 」
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2020/05/17 03:45
未来に来て五日が経った。

俺は未来人たちに何不自由なく過ごさせてもらっている。
公園で遊んだり、買い物行ったり‥‥‥昨日は映画を見に行った。
未来での生活に気持ち悪いくらい馴染めている。
学校も春休み中だし違和感が無い。
潮崎しおざき 明日菜あすな
昨日の映画、地球最後の日にヒロインが主人公の目の前で事故で死んだじゃないですか。それ、目の前で死ぬとか都合良すぎません?
  
だよね、分かる
  
いや分かるな肯定するな。そこは「そこが良いの」くらい言え
明日菜は、二日目からやたら黒髪ロングの女性に懐いていた。

名前を聞いても教えてはくれない人たちと、どうして明日菜はあんなに仲良くできるのだろう。
俺だって馴染めてはいるが仲良くなんてできていない。
  
ただいまぁー
  
あ、おかえりー
ポニーテールの女性は、仕事から帰ってきたばかりなのかスーツのまま居間に出てくる。
  
あれ、やたら背が高い天然は?
  
お前その呼び方どうにかしろよ‥‥
  
は?
  
ごめんなさい
  
  
え、酷い。助けて高身長天然キング
  
単細胞馬鹿野郎は僕を褒めてるの貶してるのどっちなの?
高身長の男性もまた、たった今仕事から帰ってきたのかスーツのまま居間に入ってきた。
  
とりあえずイケメンが俺を単細胞馬鹿野郎と言ったのがグサッときたことだけは言える。おかえり
  
綺麗に刺さって何より。ただいま
まるで漫才のような会話に、思わず笑みがこぼれる。
ふと明日菜を横目で見ると、明日菜は楽しそうに笑っていた。
そして、視界に映った來春の表情。
及川おいかわ 壮真そうま
‥‥‥!
紛れもなく本当に、楽しそうに微笑んでいた。

明日菜もそうだったが、ずっと暗い顔ばっかりで笑うことなんて一切無かった來春が、微笑んでいる。
  
あ、壮真。ちょっと晩飯の手伝いしてくんね?‥‥‥‥壮真?
及川おいかわ 壮真そうま
あっ、いや‥‥‥はい。手伝います
明日菜や來春が笑ってることに対して驚きを隠せないまま、俺は短髪の男性と一緒に台所へと向かう。

やばい、変に思われた?とか思いながら手を洗った。
  
あ、今日はタケノコ飯な。あとカツオの竜田揚げに掻き玉と豆腐の味噌汁。サラダは春キャベツのオクラのせで。
ほぼ今が旬の食材だ、と少し驚く。
家庭科の授業で旬の食材をそれなりに学んだが、こんな場面で思い出すとは。
  
まずはタケノコ飯だなぁー。壮真、米とぎ頼めるか?
俺は静かに頷く。
すると短髪の男性はよし、と言って笑った。

米とぎは母ちゃんに手伝いを頼まれてよくしているから、大体やり方は分かる。
今スーパーとかで売っている米は、何度かすすぐ程度で充分らしい。逆にがっつり洗ったのなら美味しさが落ちてしまうのだとか。
及川おいかわ 壮真そうま
‥‥‥
洗い過ぎないように、洗い過ぎないように、と何度も思いながら米とぎを済ませる。
終わったことを伝えるべく短髪の男性の方を向いた。

短髪の男性は、トン、トン、と一定の音を立てながらタケノコを切っていた。
ここ五日間でもう充分分かったのだが、この人は普段の会話からは想像できないくらいの器用さだった。
飯は美味い、掃除できる、裁縫なんてちょちょいのちょい。なんなら折り紙やあやとりだってさっとやってみせる。絵も上手い。

黒髪ロングの女性もそれなりにできるが、この家の中だったら短髪の男性が器用ナンバーワンだ。
ポニーテールの女性は不器用オブ不器用って感じだし、高身長の男性は器用だけど料理に関しては疎すぎる。

凄いなと思いつつ、俺には無理だなと思いつつ。

俺は静かに短髪の男性の肩をつついて、終わりました、と告げた。
  
おー、サンキュー!じゃあ次、これ頼むわ
そう言って渡されたのはアスパラガス。これも今が旬。
  
微塵切り程じゃないけど、好きな感じに細く小さく切って!
短髪の男性はそう言ってにっと笑う。
その瞬間、あぁ、この笑顔。明日菜や來春が笑ったのも合点がいくな、と思った。
  
‥‥‥そういやさ、俺の知り合いのさ、馬鹿な奴の話なんだけどさ
明らかに「さ」がウザ絡みする語尾に気付いたが黙っておく。
それにしても、突然話してきたかと思えば知り合いの馬鹿な奴って‥‥‥誰だよそれ。

なんて言いそうになりながらアスパラを包丁で切り始める。
内心、猫の手猫の手猫の手猫の手猫の‥‥と焦りで埋め尽くされているが。
  
親友だ、って、唯一無二の男友達だ、って思ってた奴にこないだフラれたんだと。大嫌いだーなんて言われたらしくて
短髪の男性の言葉に包丁を握る手がゆるみ、危うく包丁を落としそうになる。
  
そんでさ、フラれた時にそいつ、親友殴って罵倒したんだと。まじ馬鹿な奴だよなー
‥‥‥何だよ、それ。まるでその馬鹿な奴は俺みたいじゃないか。
そう思いながらも、俺はアスパラを切り続けた。
  
でもさ、後々後悔してんの。なんか良い奴じゃね?って思わない?親友に大嫌い言われて怒るの当たり前なのにそれを後悔するとか良い奴じゃね?
それは違う。だって、
  
「だって、何も話を聞かなかった」
心を読まれたのかと思い、ばっと顔を上げて短髪の男性を見上げるが、短髪の男性は表情を変えずにニンジンを切っていた。
  
何か理由があったかもしんねぇのに、ってそいつ言うんだよ。でも俺、それでも思うんだよね
  
いや、お前良い奴すぎない??って
さっきから連呼される“良い奴”。俺はそう思えなかった。
でも、それでも、短髪の男性は嘘の無い柔らかな表情で言った。

“良い奴”、と。

まるで自分が良い奴と言われているようで、少し歯がゆくなる。
  
そもそも何の理由があろうと大嫌いは流石に傷付くわけで。一緒にいた好きな子を泣かせて、一緒にいた大嫌い言った奴が好きな友達が傷付いて、尚更
  
だから最初は何かの糸が切れたみたいに怒った
  
でも後から、その糸が無くなっているのに気付いたみたいに、すっ、と不安がやってきた。後悔もした
  
そしたら勝手に賢者モードってわけ
  
考えてみ?友達が傷付いたことに対して他人にも自分にも怒ってるのが大きいじゃん、そいつ
『やっぱ良い奴だよな?な??』とにんまりしながら言うものだから、『ソ、ソウデスネ‥‥』と言ってしまう。

でも俺は。それでも俺は。
取り返しの付かないことをした。
話を聞けばまだこんな別れ方しないで済んだ。
きっと皆のことを、俺が傷付けた。

これで本当に“良い奴”だと言えるか?

もう一生、永遠と仲直りできないなんて俺は嫌だよ。

そう思っているのは我が儘。
ほら。こういう所なんだ。“良い奴”だと言えないのは。
  
今からでも取り返せるのに
突然の予想外な言葉に、今度は包丁をまな板に強く叩きつけそうになる。
  
だってさ、まだ誰も死んでないんだぜ?
『フツーに呼び出して話聞けば良くね?』と言う短髪の男性に、俺は無意識に『呼び出しに応じなかったらどうすんだよ』と呟いていた。

はっとした時にはもう遅く、その声が届いてしまったのか短髪の男性は目を丸くしていた。
  
そーだな‥‥‥そん時は家にでも押しかけて引きずり出そう!
丸くした目を今度は細めたかと思えば、とんでもないことを口にする短髪の男性。
  
まぁ、兎にも角にも!
  
話する前に終わったって自己完結するの、俺は良くないと思うんだよ
  
どうせならさ、気持ち全部ぶつけちまえよ。親友だろ?唯一無二だろ?だったら良いじゃん
短髪の男性は、まぁそれでも大嫌い言われたらそん時はそん時だ、と言ってにししと笑った。

その瞬間、どこかの堤防が崩壊したみたいにポロポロと涙が溢れ出した。

あれ‥‥何で泣いてんだ、俺。
  
えっ、は!?な、泣っ‥‥!?!?
涙を流す俺を見て、短髪の男性はオロオロし始める。
俺はなんか面白い、と思いながらなみだを拭った。
及川おいかわ 壮真そうま
アスパラが目にしみただけです
  
えっ!?いや、玉ねぎじゃあるまいし‥‥‥
及川おいかわ 壮真そうま
知らなかったんですか?アスパラ、しみますよ
エッまじで!!?!?と本気になりつつある大人を見て、また面白くなる。


それと同時に思った。
明日菜が懐くのも、何か分かる気がする、と。

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