雷夏side
そう言って恵吾の検索履歴に話を持っていく。ま、僕にかかれば恵吾の検索履歴なんてすぐ見られるんだけど…。
そんなことを考えながら、恵吾のデバイスを覗き込む。…と、そこには思いもよらない文字が書かれていた。
“胸 大きくするには”
一瞬、自分の思考が停止したのが分かった。
ついこの間、初めてキスを試みた時の光景が蘇る。
力では絶対に勝てるはずなのに、弱々しく抵抗してくる恵吾。その様子に嫌がってはいないことを確信しつつ軽く口づけを交わすと、彼はふいと横を向いてしまった。お陰で恵吾が、キスだけで耳を紅く染めるような初心な心の持ち主だってことが分かったり。
……そう、あんな初心な反応をする恵吾が、こんなこと調べる筈がない。つまり…
ほら見ろ。良くも悪くも思った通りだ。変な期待を抱いたら、僕までそういう事を考えていたと思われてしまう。
そう、恵吾はこういう奴だ。分かってた。まさか自分で開発を…なんて思ってない、断じて。
きっと、次のも…
“学校の机 破壊 直し方”
…うん、恵吾が調べることってこういう事だ。
初心を忘れない直向きな姿勢を持っていて、馬鹿が付くほど真面目で。…だから壊したものは自分で直そうとしたのだろうか。そういう作業、僕のが得意じゃない?頼ってくれたっていいのにさ。…まぁ、
それをわざわざ調べちゃうのは、恵吾の可愛いところだ。それに事実、直せる程度で済んだのは不幸中の幸いではなかろうか…。
そんな事をぼんやり考えていると、また結人が余計なことを言い始めた。
も〜。いっつも一言余計なこと言っちゃうんだから。だからこそ、この2人を見ていると飽きないし、やれやれと思いつつもこの時間は嫌いじゃない。
が、恵吾も可哀想なので、話を戻す方向へと舵を切る。
……お?
間違いない。ここまで言い淀む恵吾も珍しい。そう思って、少し悪戯をすることにした。
恵吾の弱点…脇腹を擽って、にやにやしながらその様子を伺う。
……え。
結人がいる手前、下手な反応はできないけど…
……恵吾、その声は人に聞かせちゃだめなんじゃない?
反射的にその手から媒体を盗り、履歴を覗き見る。
頬を紅く染める恵吾を横目で見やる。ねぇ、恵吾、その表情。
バレないようにいつも通りに。でも内心は…何故かもやもやしながら、結人にバトンが移るよう促す。
…嫉妬?まさか。そんなんじゃない。ただ、恵吾のこういう声や表情を知っているのは自分だけで充分だと、そう思っただけだ。
今更、この僕が…それも結人相手に、嫉妬するなんて、そんなわけ。
恵吾side
結人の行きたいところに寄り道をして、日が落ちた頃に俺達は解散した。いつも減らず口を言ってくるが、結人が大切な仲間であることに違いはない。事実、今日の放課後はいつも以上に充実していたような。
明日また学校に行けば居心地の良いあの場所があるというのに、ついさっきのことを思い出してはまた会いたくなってしまう。それくらい、楽しい時間であった。
上機嫌のまま家に帰り、いつも通りの時間を送る。宿題を終わらせ、明日の予習でもしようとノートを改める。ーーーと、その時。
ピコン
いつもはLINEなどしてこないのだが、今日は珍しい。なにかあったのだろうか。
気をつける…いや、気をつけてはいるのだが……
違う?他に何に気をつければ良いというのだろう。
そう返した直後、雷夏から畳み掛けるように返信がくる。
そう言われて今日の出来事を思い出す。
擽ったかったのは事実だし、積極的に見せるような履歴でもないのは確かだ。…が、そこまで感情が表に出るタイプでもない筈だ。
付き合っているからこいつが敏感になっているだけではないのか。そう思うのが自然な程に、雷夏は誰のことだと目を疑う内容ばかりを送ってくる。
ぴくりと身体が強ばる。軽く頬に手を当てると、熱を帯びていることは明らかだった。
あぁ、これは、まずい。
そう思った時には、手遅れで。
たまに入る、雷夏のスイッチを押してしまう。
こいつは何故こんなにもさらりとこういう事を…
顔に熱が集まっていくのを実感する。
襲われても…?
キス1つで精一杯の俺に、これ以上何をすると言うのだろう。これ以上…きす、以上のことを……
…待て、今俺、何を想像して…
何を期待しただろう。何を考えただろう。
胸筋について調べた時、検索結果に表示された内容が思い浮かぶ。あの言葉で調べて出てくるのは、女性のバストアップについての記事だった。
今まで興味を持たなかった世界に、間違えて足を踏み入れた。その時に雷夏を意識しなかったと言えば、きっと嘘になる。…が…いや、そんな不純な。自分の気持ちがどんどん欲に溺れていくのが、少し怖い。…そして、ずっと恥ずかしい。
雷夏からの返信にふと我に返り、いつも通りを装って返信する。
…検索履歴はまだ見せられた。が、LINEの履歴は確実に無理だ。そんな事を思いながら、スマホのアプリを落とす。
今まで叶わぬと思っていた気持ちが、実った途端にどんどん大きくなる。こんな心地は初めてで、このふわふわした気持ちの正体は、正直よく分からない。
ぽそ、と呟かれたその言葉をかき消すように、恵吾はスマホを置き、シャーペンを握り直すのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!