第5話

第一章 信じたくて信じられなくて-2
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2018/08/01 01:46
疾斗の通う高校、私立勇城高校。
白を基調としたブレザーの制服は、今日のような晴れた日は目に眩しい。寝不足だと目に痛いぐらいだった。
校門前にもなると顔見知り程度の生徒達が挨拶をしてくるが、疾斗は誰ともそれ以上の話をしない。いちおう挨拶だけは返して、その生徒との関わりも終わる。それでいい。
昇降口で上履きに履き替えていると、すぐ隣から声をかけられた。
日廻つかさ
日廻つかさ
おはよう、嬉野くん
今までは適当に返していたが、その声だけは妙に意識してしまう。
顔を上げると、同じクラスの女子がいた。
芸能人には詳しくない疾斗でも、彼女が美少女だということははっきりわかる。

日廻つかさ。
名前まで芸能人顔負けだが、両親が離婚して母親の姓になったのだと誰かに聞いた。元の姓までは疾斗も知らない。
ふわふわのやわらかそうな長い髪に、睫の長い大きな目。綺麗な顔だが、彼女の表情はいつもひかえめだ。
彼女の友人達は派手だが、つかさ自身は華やかとか、そんな表現が似合う気がした。
学校一の美少女と言っても過言ではない。というか言われている。

去年も同じクラスだったからか、大して接点もなかったのに彼女は疾斗と顔を合わせれば挨拶をしてくる。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
……お、はよう……
歯切れの悪い挨拶しか返せない。なのにつかさはにこっと疾斗に微笑んだ。そして友人達に呼ばれてそちらへ向かっていく。
ただ挨拶を交わしただけなのに、妙に緊張する。それを周りに悟られないように、疾斗も歩幅を緩め、彼女とは一緒にならないよう教室へ向かう。


朝のHRも終わり、週始め一発目の授業は数学Ⅱ。
教師は背が高くて強面で、実際中身も怖い。真面目な態度でいれば、怖いけどいい先生。……だが、もしも授業中に寝たりなんかしたら。
先生
じゃあ……嬉野!
低い怒鳴り声でびくっと身体が跳ねた。昨日寝落ちするまでゲームをしていたのがいけなかった。いつの間にか意識が飛んでいた。
先生
これ、解いてみろ
黒板に書かれた数式をチョークで叩く教師の厳しい視線と、クラス中の生温い視線が突き刺さり、疾斗は小さな声で恐る恐る言った。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
……わかり、ません
先生
ちゃんと聞いとけ!
嬉野疾斗
嬉野疾斗
すみません……
観崎功樹
観崎功樹
先生! 疾斗を責めないでくれ! 疾斗は俺の恩人なんだ!
目に痛い水色のパーカーを着た少年が立ち上がって声を上げる。その言葉に、教師は強面の顔をさらにしかめる。
先生
はあ? どういうことだ?
観崎功樹
観崎功樹
疾斗は昨日、俺のために高難易度クエを奔走してくれてたんだ!
先生
ゲームしてただけか!
嬉野疾斗
嬉野疾斗
(余計なこと言うなよ……!)
声を上げた人物を睨みたくなるのをぐっと堪える。

観崎功樹。
学校中で知らない奴はいないのではないかというほど顔が広く、明るい性格と人好きのする笑顔で人気者だ。いつもピアスをいくつも開け、派手な出で立ちをしているが、教師や先輩達も「あいつなら仕方ない」とその愛嬌で許される存在。
最近は動画サイト『チョコチョコ動画』に『Lv99』の実況動画を上げ、今や学校どころかネットでも人気の少年だ。
嬉野疾斗
嬉野疾斗
(あの下手なプレイの何が面白いんだか。ギャーギャー喚くだけで参考にもならないのに)
みんなに好かれる人気者だが、疾斗は功樹のことが嫌いだった。
昨日は生放送があるからと、レアアイテムをくれとせがまれた。高難易度のクエストでしか手に入らないので、功樹の腕では手に入れられない。疾斗は体よく使われたというわけだ。これが初めてでもないので、もう慣れてしまった。
先生
じゃあ観崎、お前も共犯だ。お前答えてみろ。答えられなかったら次のテストの難易度が上がりまーす
教師の言葉に、さすがの功樹も焦った顔をする。
観崎功樹
観崎功樹
うわっ、ちょっ、そういうのやめてー!
クラスメイト
功樹てめー!
クラスメイト
何してくれんのよ!
クラスメイト
先生! 功樹がバカなの知ってるでしょ!
観崎功樹
観崎功樹
いやさらっと俺ディスらないでよ!
クラスの全員がブーイングするが、それも功樹が愛されているがゆえ、というやつだ。
観崎功樹
観崎功樹
い、いやわかるから! 今ちょっと思い出せないだけ! アレでしょアレ。あのー、ほら! ……もう! 先生も一緒に考えてよ!
先生
先生は答えわかってんだよ。何キレてんだ
怖いと評判の先生の表情も、功樹の言動でいつしかゆるんでいた。
先生
難易度は冗談だ。ちゃんと授業聞いてりゃできる内容にしてやる。だから全員、真面目に聞いておけ。いいな?
観崎功樹
観崎功樹
はーい!
先生
お前は返事だけはいいんだよなぁ……
功樹は真面目な顔と声で返事したが、先生はうなだれた。その様子に、またクラス中が笑いに包まれる。
たった一人、疾斗だけがその空気になじめずにいる。

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