悠弦は疾斗と護を取り巻く空気を感じ取ってか、それ以上はつっこんでこなかった。が、疾斗の顔を見てふと心配そうに眉を寄せる。
悠弦が笑顔でそう言って歩き出す。護も悠弦の後を追って歩き出すのかと思ったが、彼はまだその場にいた。視線は合わないが、何か言いたげだった。
ふと、クラスの女子に頼まれたことを思い出した。
今、護は彼女がいるのか。
疾斗も少し気になっていたところだ。今朝見た夢で、護は誰かのことを好きだと言っていた気がする。……どうして今まで忘れていたんだろう。
目を逸らしていた護が、不思議そうな目で疾斗を見る。
護は心底驚いた顔をしてから、顔を伏せた。その刹那、見えた表情に疾斗は目を瞠る。
歪んだ表情はひどく傷つき、泣きそうだった。
護はぐっと拳を握りしめてから顔を上げた。口元は笑みを作っているが、目元はまったく笑っていない。
平静を装っているが、無理をしているとわかる微笑。
一瞬見えたあの傷ついた表情は、女の子にフラれただけの顔じゃなかった気がする。疾斗はそんな護の様子に思わず追及の言葉をかけようとしたが、慌てて口を閉ざす。
何かあったとしても、護に解決できないことを、疾斗が解決できるはずもない。
疾斗が先に歩き出し、護のそばを通りすぎたその時。
緊張したような声が背中から聞こえて、思わず振り返ってしまった。護は疾斗に背を向けたまま言葉をかけてきた。
疾斗は答えなかった。次の護の言葉はわかっていたからだ。
これまでに何度も言われてきた言葉だ。将来のための勉強をしろとか、もっと周りに目を向けろとか、そんなことが理由らしい。
きっと護の言っていることが正しい。勉強は必要だし、疾斗は人に気を遣えるような性格でもない。でも。
護から勧められて始めた『Lv99』をやめろと言われると、ゲームをしてきたことだけではなく、護との楽しかった思い出もすべて捨ててしまえと言われているようだった。
今さらやめられない。
こんな惨めな自分も、ゲームの中でなら誰かに頼ってもらえる。強くいられる。
こちらを向こうとしない護の背中に、疾斗は言った。
護も疾斗の答えはわかっていたのか、反応がなかった。
何か言おうとしていたのかもしれないが、悠弦が護を呼ぶ声が聞こえてきて、護は早足で悠弦の方に向かっていった。
護は成績も学年上位。剣道部ではエースであり、最近では個人優勝もしている。次の生徒会長は護だとうわさされていた。
そんな幼なじみとは違って、疾斗はいてもいなくても同じ、透明人間のような存在。
現実に居場所なんかない。誰にでも好かれ、頼られる護にこんな気持ち、わかるはずがない。
疾斗が人と繫がれるのは、ゲームの中だけなのに。
──どっちが先にレベル99になるか、競争しようよ!
護との繫がりでさえ、今はあの競争だけのような気がして、今も疾斗は『Lv99』を続けているのに。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。