放課後、疾斗はいつも通りさっさと帰ろうと思ったが、数学Ⅱの課題が出ていることを思い出す。今日のことで目をつけられただろうし、明日も五限目に数学Ⅱの授業がある。学校で済ませてから帰ることにした。
とはいえ、まだ教室には人が集まっている。昼休みに大声を出したこともあって、いつもよりさらに居心地が悪い。
ふと思い立って、教室を出て階段を上る。周りに人がいないことを確認して、屋上へ続く扉の前に立つ。屋上は鍵が掛かっていて開かない。だが。
ふと思い返して、何かが欠けてしまったようなさみしさを感じる。そのさみしさを打ち消すように首を振り、疾斗はドアノブを摑んだ。
ガコッという音と共に扉を持ち上げ、開く。吹き込んでくる風が、淀んだ気持ちをほんの少しだけ吹き飛ばしてくれた。
座りこんで鞄から数学の教科書とプリントを出すが、やる気はさっぱりだ。それどころか日差しと風が心地よくて、ついうとうとしてしまった。
ガコッ。
扉を持ち上げて開く時の音が聞こえて、ふと目が覚める。一瞬ここがどこだかわからなかった。
その声で一気に意識が覚醒した。
疾斗が驚いた声に相手も驚いたようだった。
顔を上げた先には、日廻つかさがいた。長い髪が、風でふわふわと揺れている。
真面目なつかさが、ここのドアの開け方を知っているなんて意外だった。
その疑問をつかさにぶつけたかったが、顔には出さずにうなずく。つかさは微笑んで、スカートの皺を気にしながら疾斗の隣に座った。
疾斗のそばにある、広げただけの教科書とプリントを慌てて鞄に押し込む。
立ち入り禁止、という言葉に、つかさは怯えたように身を縮めた。
いや、してない。寝てただけ。とも言えず、疾斗は黙ってつかさの言葉を待った。するとつかさの顔が徐々に赤くなってくる。
つかさは膝に載せた両手をぎゅっと握りしめ、意を決したように言った。
疾斗の薄い反応に、つかさは拍子抜けしたようにぽかんとした後、赤い顔のまま微笑んだ。
知られていたことが少し気恥ずかしく、ぶっきらぼうに答えてしまった。つかさは疾斗が怒ったと思ったのか、焦って声を上げた。
きっとストラップのモンスターも知っていると思って、つい疾斗を──というより、疾斗のスマホを見てしまったのだろう。
黙って納得していた疾斗に、勘違いしたのかつかさはさらに焦ったようだ。
焦ってまくし立てるつかさは、教室では見たことがない姿だった。ひかえめで大人しい高嶺の花が、少しだけ身近に感じてしまうほどに。
怒ってないという疾斗の言葉に、つかさはホッと胸を撫で下ろしていた。
身近に女子があまりいなかった疾斗には、女子の感覚はわからない。だが、今やゲームをする女子など珍しくない気がする。
ちょっとした好奇心で訊いてみただけだが、つかさは顔を逸らした。
つかさはスマホを出し、ためらいがちに疾斗に『Lv99』のステータス画面を見せた。
可愛らしいツインテールの女の子のアバターが、弓を持っている。その隣にあるステータスを見て、疾斗は目を剝いた。
『勇者:*ハナ* Lv98』
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。