【教室】
授業も上の空に、私は悩んでいた。
窓の外では、桜がはらはらと散っている。
マルコと呼ばれること自体は
構わないけれど……
これは結局、犬としてしか見られていない
ということなのか、
それとも。
結婚の約束をした相手として見てくれている、
ということになるのだろうか。
*****
【自宅】
*****
【こはるの部屋】
バタン。
私は自室のドアを閉めるなり、
その場でへたり込んだ。
思考がぐちゃぐちゃになって、私は
涙を流し、しゃくり上げた。
私はなるべく大きな声をあげないように
気をつけ、だけどどうしても漏れてしまう
泣き声を止められずに、
ドアに背を預けたまま嗚咽した……。
——
——……
————……
お兄ちゃんは迷い無く私を抱きかかえ、
立ち上がった。
そして、ベッドへと向かう。
ベッドに押しこまれ、布団をかけられそうになる。
私はお兄ちゃんにぎゅっとしがみついた。
お兄ちゃんはふぅとため息をついて。
お兄ちゃんは再び私を抱きかかえると、そのまま
ベッドの横に座り込んだ。
お兄ちゃんの長い腕で、すっぽりと包み込まれる。
マルコのときに、抱っこしてもらったみたいに。
私はきゅっとくちびるを噛み締める。
——ついに言ってしまった。
お兄ちゃんは、叫んだ私の背を
なだめるように撫でて。
お兄ちゃんが、そっと私の頬を両手で包んで、
顔を上向かせる。
お兄ちゃんの黒い瞳がどんどん近づいてくる——
私は目を見開いたまま、動くこともできずにいた。
やわらかいくちびるが重なって、そして。
——しばらくして離れる。
お兄ちゃんが、やさしい瞳で告げる。
私は——
私はようやく微笑んで、それから。
両腕を伸ばして、お兄ちゃんの首に抱きついた。
そんな私の背中にお兄ちゃんも腕を回し、
あやすように撫でてくれる。
——ふたたび離れて、見つめ合ったとき。
私たちは、どちらからともなくくちびるを合わせて、
二度目のキスをしたのだった。
【完】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!