第2話

マルコだよ、お兄ちゃん!
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2019/06/13 07:07
【ファミレス】
その夜は、私の入学祝いで
家族でファミレスへ外食に出かけた。

もちろんお兄ちゃんも一緒だ。
佑一郎
佑一郎
こはるはなんでも
美味しそうに食べるね
こはるの母
あんまりがっつかないの
こはるの母
もう高校生なんだし、
16歳の誕生日もすぐよ?
こはる
こはる
もぎゅもぎゅ……うん、
ごっくん
佑一郎
佑一郎
……ぷっ
こはるの母
ほら、佑一郎さんが
呆れてるじゃない
こはる
こはる
え!
私はぎくりとして、慌てて口元を拭った。
佑一郎
佑一郎
大丈夫だよ、叔母さん
佑一郎
佑一郎
つい、マルコを
思い出しちゃって……
こはる
こはる
!!
こはるの母
あら、マルコって?
佑一郎
佑一郎
僕の家で昔、飼ってた犬です
佑一郎
佑一郎
こはるを見てると、
思い出すなぁ
佑一郎
佑一郎
いつも明るくて、楽しそうで
……
こはるの母
あら、なあにあなた?
こはるの父
母さん、これ、
この湯豆腐うまそうじゃないか?
パパがメニュー表を指さす。
こはるの母
南高梅で食べる湯豆腐……
こはるの母
あら、いいわね!
皆で頼みましょう
こはるの母
佑一郎さんは?
佑一郎
佑一郎
美味しそうですね。
僕もお願いします
こはるの母
じゃあ、みんなの分
頼んで——
私は慌てて声をあげた。
こはる
こはる
ちょっ、待ってママ!
私が梅干し嫌いなの
知ってるじゃん!
こはるの母
梅干しは消化を助けるの。
好き嫌い言わず食べなさい
こはる
こはる
ええ〜……
佑一郎
佑一郎
梅干し……
こはるの母
あら、佑一郎さんも苦手?
佑一郎
佑一郎
あっ、いえ、僕は
大丈夫です
こはるの母
そう? なら全員分
頼むわね
こはるの母
こはるもちゃんと
食べるのよ?
こはる
こはる
はぁい……
*****

【こはるの部屋】
こはる
こはる
はぁ〜〜っ
ファミレスから帰宅した私は、
自室のベッドに倒れ込んだ。
こはる
こはる
梅干し……気持ち悪……
まだ口の中が酸っぱい気がする。

マルコのときから、梅干しは
大の苦手なのだ。
その時。
佑一郎
佑一郎
こはる、入っていい?
軽くノック音がしたのち、
お兄ちゃんが声をかけてきた。
こはる
こはる
どうぞ
佑一郎
佑一郎
こはる、大丈夫?
体を起こした私を、お兄ちゃんが
心配そうに見つめてくる。
こはる
こはる
うーん、なんとか
佑一郎
佑一郎
もし食べられたら、だけど
これ……
お兄ちゃんは何かの袋を差し出す。
こはる
こはる
チーズ!!
佑一郎
佑一郎
うん。
口直しになるかなって
佑一郎
佑一郎
やっぱり好きなんだね、
チーズ
こはる
こはる
うん、大好き!!
お兄ちゃん、ありがとう!
私はお兄ちゃんから受け取った袋を開け、
早速チーズを頬張った。

桜チップの香りの、スモークチーズだ。
佑一郎
佑一郎
ああ、ほんとに……、
こはるはマルコに似てるね
こはる
こはる
……っ
佑一郎
佑一郎
マルコも梅干しが苦手で、
チーズが好きだった
こはる
こはる
——
どう答えていいものかわからず、
私は沈黙した。

お兄ちゃんになら、前世がマルコだって
知られてもいいけど……
佑一郎
佑一郎
ねぇ、こはる
佑一郎
佑一郎
マルコは、今みたいに
桜が咲き始める春に
佑一郎
佑一郎
……死んだんだ
こはる
こはる
(うん、知ってる)
前の飼い主に飼育放棄されて
育ったマルコは、

お兄ちゃんの家に引き取られて
二年後に、病気で死んだ。
お兄ちゃん――佑一郎と一緒に
過ごせた期間はけして長くはないけど、

それまでの辛い日々を
補って余りあるほどに、

マルコは佑一郎と幸せに暮らしたのだ。
佑一郎
佑一郎
マルコが死んで、僕は
とてもショックで……
佑一郎
佑一郎
笑われるかもしれないけど、
佑一郎
佑一郎
僕とマルコは結婚の約束をする
くらいに、仲がよかったんだ
こはる
こはる
……
こはる
こはる
(笑わないよ、お兄ちゃん)
こはる
こはる
(私――
マルコにとってもそれは)
こはる
こはる
(とても大切な約束だから)
佑一郎
佑一郎
マルコが死んだ翌年……
桜が満開のころに
こはるが生まれて……
佑一郎
佑一郎
僕は、こはるが、
きみが
佑一郎
佑一郎
マルコの生まれ変わり
だったらいいのにって
こはる
こはる
……!
佑一郎
佑一郎
そんな勝手なことを
考えたんだ
佑一郎
佑一郎
嫌だったら、ごめん
こはる
こはる
嫌じゃないよ、お兄ちゃん
こはる
こはる
すごく……嬉しい
佑一郎
佑一郎
……ほんとに?
犬に似てるのは、嫌じゃない?
こはる
こはる
うん
こはる
こはる
だってお兄ちゃん、
マルコのこと大好きでしょ?
こはる
こはる
(だったら、私のことも
大好きかなって)
こはる
こはる
(自惚れてもいいのかな?)
こはる
こはる
(今――告白しても、
いいのかもしれない)
こはる
こはる
(私が、マルコだって)
こはる
こはる
(私、ずっとお兄ちゃんが
好きだったって……)
佑一郎
佑一郎
ねぇ、こはる
お兄ちゃんが腕を伸ばす。

そして私の肩に手を置いて、
そっと引き寄せた。
佑一郎
佑一郎
こはるのこと……
こはる
こはる
うん
私は目を瞑って、お兄ちゃんの肩に
おでこを預ける。
佑一郎
佑一郎
こはるのこと、
マルコって呼んでいい?
こはる
こはる
…………
こはる
こはる
(え)
こはる
こはる
そこ!?!?
思わず声を上げてしまう。
そんな私を見て、お兄ちゃんは
悲しげに眉根を寄せた。
佑一郎
佑一郎
ごめん、やっぱり
嫌だよね……
こはる
こはる
!!
私はそのとき、たぶん無意識
だったんだと思う。

とにかくぶんぶんと、
すごい勢いで首を振って、否定した。
そして。
こはる
こはる
ワン!!
ひと声、吠えたのだ。
お兄ちゃんは驚いたように
目を見開いてから、

やがて満面に笑みを浮かべる。
佑一郎
佑一郎
マルコ……!!
お兄ちゃんが大きく腕を開いて、
私はそのまま抱きしめられてしまう。
こはる
こはる
ワン、ワンワン、
ワワン!
生まれ変わった人生でも、
私はお兄ちゃんのワンコなのだった。

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