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第1話

あの子
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2018/05/24 22:43
朝、前の机のあの子はまだ来ていない。
予鈴が鳴っても、朝礼が始まっても、まだ来ない。
これは毎朝のこと...。
「おはようございます…」


「水澄、今日は早いな。」


「今日は調子が良かったので」


「それは良かった。席に着きなさい。」


「はーい」
水澄美緒。俺が大好きな子。
低血圧らしく、朝はほぼ来たことがないけど、毎朝教室に入ってくる時のまだ眠そうな顔も可愛くて俺は好き。


「私の顔なんかついてる?」


「うん、ついてない。」


「じゃあうんって言わないでよびっくりした。」


そんなことを言って彼女は微笑む。


無意識のうちに彼女を見つめていた。
あー、俺って気持ち悪い奴だな、好きな人の顔じーっと見つめてるなんて。
でもしょうがない。水澄の顔が可愛すぎるんだから。
1時間目は数学。俺は数学が苦手な上数学の先生に目をつけられている。
「あら、神川くん。この問題解けないの?」


「あ、いや...」


「こんな問題解けないで受験どうするの?もっと頑張りなさい。あんまりひどいと補習になるわよ。」


「はぁ...」


「ため息ついてないで解いて!」
早く終わんないかな...って思ってたらまたからまれる。


「あら神川くん、解けてないのに喋ってたの?」


いや喋ってないけど。


「じゃあ、これ、黒板の問題解いて。」


だから喋ってないし。


前の水澄がはぁ、とため息をついたのがわかる。あーあ、嫌われたかな。だめな奴って思われたかな。


「先生!」


「あら水澄さん、なあに?」


「さっき喋ってたの私です、神川くんじゃない。」


「え、そんなこと...」


「黒板の問題解けばいいんですよね?」


「そうよ、早く解いてきなさい。」


嘘だ。たしかに喋ったのは俺じゃないけど絶対に水澄は喋ってない。
なんで...


「解けました。」


クラス全員が黒板に書かれた見たこともない数式に驚く。


「なんでこれを...」


「習ってないのに生徒に解かせちゃだめですよ、先生?」


水澄はふふっと笑うと席に戻った。


大好きな女の子に助けられるなんて...嬉しいけど男としてだめすぎる。俺もちゃんとしなきゃ...。
「水澄」


休み時間、声をかけてみる。


「うん?」


彼女が振り返る。
白い肌。澄んだ目。少し茶色がかった綺麗な髪の毛がふわっと揺れる。


「さっき、ありがと。」


「さっき?あー、いいの、私も先生にむかついちゃって勝手にやっただけ。」


「俺あいつに目つけられててさ...」


「ふふっ、知ってるよ。いつも話しかけられてるなーって思うもん。」


「...笑わないで。」


「ごめんごめん。神川くん面白いね。」


「え、何でそうなるの?」


「こーんな席近いのに知らないわけないでしょ?目つけられてるの。」


「あー、知ってたんだ...」


「うん。」


あーあ、会話終わっちゃった。なんか話すことないかな...


「あ、のさ。」


「うん?」


「今日のお礼で今度一緒に出かけませんか?美味しいものおごる!今日のこと、すっごい助かったし。」


「そんなお礼なんていいのにでもお出かけ楽しそう、いいよ。」


「ほんと?ありがとう!」


「でも…彼女とデートとかない?大丈夫?」


「え、彼女いないよ俺」


「え、そうなんだ。かっこいいし優しそうだから彼女いるかと思った。」


嬉しすぎる...しかもデート...


「神川くん?どうしたの?顔真っ赤。」


「ああ、なんでもない。」


「大丈夫?熱とかない?」


水澄がすっと手を伸ばして俺のおでこに触れる。


「熱い…気がする。」


誰のせいだと思ってるんだよ…


「保健室行く?ついて行こうか?」


「あー大丈夫。ありがとね。それより水澄は?いつも朝、遅いけど。」


「あー、朝は起きれないし頭痛くて来れないんだよね…」


「そっか、無理しないでね。」


「ありがとう。」


ふー、話をそらせたからセーフ。
あんまり話してるといつかバレそうで怖い。
俺気持ちがすぐ顔に出るの直したい…
それにしてもデートの約束!うれしすぎる…
「おい、侑斗。」


「ん?なんだ、秋かよ。」


「なんだ、ってなんだよ!俺で悪かったな!」


こいつは友達の笹田秋。


「それより今日、美緒ちゃんと話せて良かったな。」


「…下の名前で呼ぶな。」


「お前も呼べばいいじゃん、ねぇ美緒ちゃん?」


こいつは何を言ってるのだ、水澄はいないはず...


「呼び方の話?何でもいいよ水澄でも美緒でも美緒ちゃんでもご自由に。」


いつの間にか近くに水澄が来ていた。


「侑斗も呼びなって」


「神川くんがどうしたの?」


「いや、侑斗が美緒ちゃんのこと下の名前で呼びたいって…」


「うるさい!」


水澄はにこっとして


「なーんだ、美緒って呼んでくれればいいのに。やっぱり面白いね神川くん。」


「…み…お。」


「なに?」


「いや、呼ぶ練習…。俺のことも良かったら侑斗って呼んで。」


「侑斗ね、最初間違えちゃうかもだけど頑張る。」


「ん、ありがと。」


水澄、、じゃなくて美緒はまた微笑んで、


「お互い下の名前で呼ぼうキャンペーンだね。頑張ろう!」


とか言って。可愛すぎる…やばい…
しかも今日から下の名前で呼べる…


幸せな1日だったな。今日。

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