翌日、昨日は色々とあったもののあくまでいつも通りに教室に向かった私は、既に教室で授業準備を始めていた未央に声をかけた。
今日は普段ならあまりつるまないクラスメイトの女子と話していたようで、少し話しかけづらく小さな声だったが。
そのせいで聞き取れなかったのか、反応の無い未央の肩に手を置くと驚いたように振り向き、どこかよそよそしい様子で俯きがちに未央は頷いた。
私への挨拶らしきものが終わると、すぐに元の方向へ向き直って女子たちと話を始めてしまう未央。
……何だろう。少しだけ胸の辺りがざわついた気がした。
未央に避けられるようなこと、したっけ。
その日の朝はずっと、大切な親友にあからさまに避けられたという事実が私の胸をチクチクと突き刺していた。
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ
4限目は自習だった為か、ほとんどの生徒が授業終了の鐘の音が鳴るなり購買や食堂に出かけ、教室に残されているのは私とわずかな人数だけだった。
未央たちも例に漏れず購買にパンを買いに行ったらしい。教室で皆で食べようと話しているのが聞こえたことだし、私は彼方くんを誘って中庭でも行こうか。一人で食べるよりは、たとえダメダメなヘタレ御曹司でもマシ。
それに未央も、私がいると気まずいかもしれないし。これ以上大切なあの子に嫌われたくない。
ポケットに入ったスマートフォンから見慣れた“一宮 彼方”とのトーク画面を開くと「中庭で一緒にご飯食べない?」とだけ打ち込んだ。
鞄から財布を取り出し、今日は弁当を作ってくるのを忘れたから購買でパンでも買ってこようか、なんてことを考えていると、いつの間にやら背後からぽんぽんと肩を叩かれる。
私の間の抜けた声に少し驚いたのか、話しかけてきたクラスメイトの女子はびくっと肩を震わせながらも恐る恐ると言ったふうに頷き、その噂とやらについて丁寧に話してくれた。
彼方くんからの返信が来たことを告げるようにポケットの中のスマートフォンが振動するのも忘れて、私はその子に詰め寄るように詳しい話を聞くことにした──
ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ
未央が彼方くんのことを慕っているのは知っていたけれど、恋愛的に好きだなんて知らなかった…と言えば言い訳に聞こえるんだろうか。
元はといえばこの人が、と恨みがましく彼方くんを睨んでみると整った顔が近づいて来て、耐えきれずさっと目を逸らした。
…彼方くんともう、近寄らないほうがいいのだろうか。
親友の未央と、唯一無二の友達の彼方くん。私はどちらかしか選べない?
2人を天秤にかけることは、私にはどうしても出来そうに無かった。
漏れそうになる溜め息を押し殺していると、あ、と彼方くんが声を上げる。
私ははっと我に返りそう言うと、彼方くんの返事も待たず食堂に割り箸を取りに行くことにした。
そういえば食堂のある旧校舎に行くには確か、2-Aの教室前を通るんだったっけ。溜め息をつくと、すぐ側の空き教室から…恐らく未央たちであろう話し声が聞こえる。どうしてここに未央たちが…
理由がどうあろうと今ここを通っていくのは気まずいな。少し遠回りだけど購買に行って貰ってくれば良いか───
そんな無神経な声が聞こえた時、既に階段の手すりに手をかけていた私はどこへやら。意識もせぬまま、私は真っ直ぐ教室へと足を踏み入れ、叫んでいた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。