散乱した部屋と、少しの血の匂い。
傷ついた皆の姿。
なんの被害のない、私。
申し訳なさに涙が出そうになった。
それでも泣かなかったのは、ここで泣いてしまえば本当に身勝手な人間だという自覚があったから。
息を切らしながら、髪を乱しながら、そんな優しい言葉なんてかけないで欲しい。
いつだって余裕でいるくせに。
いつもなら構わずに近づいてくる癖に。
そんなふうに、躊躇いがちに近づいて来ないで。
絞り出すように部屋に響いたのは、お腹を抱えるジョンハンの声。
その声に、テヒョンが足をとめる。
誰も返事をしない。
テヒョンも、扉の前で2人の決着を見守っていた6人も。
ただ、戸惑いという表情だけを浮かべていた。
やっと言葉を噛み砕くことが出来たのか、ユンギが低い声を出す。今までに聞いたこともないような。
ただ、"深海"という言葉が、どういう訳か私にも痛く響いた。
そう呼ばれたジョンハンの気持ちを考えたら、息が詰まった。
痛そうに顔を歪めながら、ジョンハンはゆっくりと立ち上がる。
切ってしまったのか、その口元には血が滲んでいた。
ひんやりと、背中が凍る。
一体何を言おうとしているのか。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!