第9話

第九話 提案
1,047
2023/11/20 11:00
考えろ、考えろ、考えろ。

 才能がなくたって、こういう時に怯えて動けなくなるのが嫌だから、修業を頑張ってきたんじゃないのか。
玉邑藍
玉邑藍
(……そうだ!)
瞬間。
 わたしの頭の中で、ひとつのアイディアが流星のようにきらめいた。
玉邑藍
玉邑藍
(これなら……!)
――ぐ、と、拳を握る。

 そしてだん、と地を蹴って――わたしは、二人がまさにぶつかろうとしているその間に、身を滑り込ませた。


玉邑藍
玉邑藍
もうやめてください!!
玉寺陵
玉寺陵
なっ、!
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【!貴様、】
 わたしに気づいた二人が、目を剥いて、ギリギリで攻撃の手を止める。
 ……良かった。一旦は止まってくれた。
 櫻蘭姫がいたらだたしげに眉を寄せ、言う。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【なんのつもりか小娘。わらわがやり合っているのはこの小童ぞ。
邪魔をするでないわ】
玉邑藍
玉邑藍
――この人を殺すつもりなら、私がそれより先に死を選ぶ
だから、わたしもはっきりと言った。
 櫻蘭姫の目を真っ直ぐに見つめて。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【なに?】
玉邑藍
玉邑藍
あなたはわたしの力が欲しい。わたしは極上の餌だものね。
わたしに死なれたら困るはずでしょう? それが嫌なら引きなさい!
――櫻蘭姫はわたしを殺せない。
 わたしが身体を張れば、彼女は止まらざるを得ない。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【脆弱な人間の分際でわらわを脅すか】
 櫻蘭姫は笑う。
 開かれていた衵扇がぱちん、と閉じられる。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【――ふん。面白い】
そして彼女は、攻撃態勢を解いた。
 ……よかった。
 すると――ほっとしてへたり込むわたしに、櫻蘭姫はからかうように口の端を吊り上げた。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【滑稽じゃな小娘】
玉邑藍
玉邑藍
えっ?
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【忘れたか。そもそもそなたとの契約中は人を殺さぬ約束であったろうに。
こやつと遊んでいたのも、ただからかっただけよ】
玉邑藍
玉邑藍
……………、
そ、
玉邑藍
玉邑藍
(そういえばそうだった……!)
 あまりにも二人が本気に見えたから、そのことをすっかり忘れていた。

そうだ、櫻蘭姫はそもそも人を傷つけられない契約をわたしと交わしているのだ。陵さまを殺すはずがない。
玉邑藍
玉邑藍
(ま、マヌケすぎる……!)
頭を抱えるわたしを見て、ケタケタ笑っている櫻蘭姫。無理もないけれど、自己嫌悪と恥ずかしさが募る。
玉寺陵
玉寺陵
……待て、一体どういうことだ?
玉邑藍
玉邑藍
あ、り、陵さま……
玉寺陵
玉寺陵
契約というのは、なんのことだ。お前たちは一体どういう関係だ?
玉邑藍
玉邑藍
ええと……
話していいんだろうか。オロオロしながら、櫻蘭姫と美貌の次期当主を見比べる。

 ……いや、この状況で誤魔化すのも無理か。
 わたしは観念して、事情を話すことにした。





 *





玉寺陵
玉寺陵
……そんなことがあったのか
玉邑藍
玉邑藍
はい。あの、ですから! 少なくとも今は、櫻蘭姫は人間の敵というわけでもなくて
玉寺陵
玉寺陵
ああ……
全て話し終えて、必死に言い募る。
 けれど応える彼はどこか上の空だ。
玉邑藍
玉邑藍
あ、あの、どうかしましたか? 
さっきから、その……何か考え込んでいるご様子ですけれど
玉寺陵
玉寺陵
……ああ。いや、まさか、玉邑家がそんな内情を抱えていたとは知らなくてな。
長女と家族の仲が拗れていることは風の噂で知っていたが、
娘をわざと死に追いやるようなことまで……
玉邑藍
玉邑藍
……え、
玉寺陵
玉寺陵
今更だが、気付いてやれずすまなかった。
本家の人間である俺たちが、目を配っておくべきことだったのに
 悔しげな表情でそう言う彼は、何かを後悔するように拳を固く握りしめている。
 ――彼が悪いわけじゃないんだから、気にしなくていいのに。
玉邑藍
玉邑藍
(でも、気にかけて下さっているのは嬉しいかもしれない)
玉寺陵
玉寺陵
その、まだ、あるのか? 家での差別は。
宴でも、あまり家族仲がいいようには見えなかったが
玉邑藍
玉邑藍
ええと、……ええ、まあ。
ですが、わたしが祓い屋として妹のように優れておらず出来損ないというのは事実ですから
玉寺陵
玉寺陵
……自分をそう卑下するものじゃない。自分で自分の価値を下げる
それに、と。

 彼はジットリした目つきでわたしのそばにいた櫻蘭姫を見やった。
玉寺陵
玉寺陵
――土壇場でアレと命を懸けた契約を交わそうとする人間を、出来損ないとは呼ばない
玉邑藍
玉邑藍
あ、あはは……火事場の馬鹿力で……
あまり実感がないというのが本音だ。
玉寺陵
玉寺陵
さっきも命を懸けて俺の攻撃と奴の攻撃のあいだに飛び込んできただろう。
あれも火事場の馬鹿力か? 下手したら死ぬところだった
玉邑藍
玉邑藍
あれは、その。攻撃を止めてもらえる自信がありましたから。
櫻蘭姫は、私に死なれたら困るだろし……
それを聞いた彼は、はあとため息をついた。
うう、たしかに、間抜けだし、無謀でした。
玉寺陵
玉寺陵
だが困ったな。君の霊力や櫻蘭姫のことに関しては、おいそれと誰かに話す訳にもいかない。
かといってこのままにしておくわけにもいかない……
玉邑藍
玉邑藍
(ひええ、お手間をかけさせている……)
次期当主の頭を悩ませている事実に、ひたすら恐縮していると、ふと彼が「あ」と声を漏らした。
 そして、わたしを見る。
玉寺陵
玉寺陵
玉邑藍
玉邑藍
玉邑藍
は、はい
玉寺陵
玉寺陵
――その。
君が良ければ、俺の婚約者になる気はないか?

プリ小説オーディオドラマ