考えろ、考えろ、考えろ。
才能がなくたって、こういう時に怯えて動けなくなるのが嫌だから、修業を頑張ってきたんじゃないのか。
瞬間。
わたしの頭の中で、ひとつのアイディアが流星のようにきらめいた。
――ぐ、と、拳を握る。
そしてだん、と地を蹴って――わたしは、二人がまさにぶつかろうとしているその間に、身を滑り込ませた。
わたしに気づいた二人が、目を剥いて、ギリギリで攻撃の手を止める。
……良かった。一旦は止まってくれた。
櫻蘭姫がいたらだたしげに眉を寄せ、言う。
だから、わたしもはっきりと言った。
櫻蘭姫の目を真っ直ぐに見つめて。
――櫻蘭姫はわたしを殺せない。
わたしが身体を張れば、彼女は止まらざるを得ない。
櫻蘭姫は笑う。
開かれていた衵扇がぱちん、と閉じられる。
そして彼女は、攻撃態勢を解いた。
……よかった。
すると――ほっとしてへたり込むわたしに、櫻蘭姫はからかうように口の端を吊り上げた。
あまりにも二人が本気に見えたから、そのことをすっかり忘れていた。
そうだ、櫻蘭姫はそもそも人を傷つけられない契約をわたしと交わしているのだ。陵さまを殺すはずがない。
頭を抱えるわたしを見て、ケタケタ笑っている櫻蘭姫。無理もないけれど、自己嫌悪と恥ずかしさが募る。
話していいんだろうか。オロオロしながら、櫻蘭姫と美貌の次期当主を見比べる。
……いや、この状況で誤魔化すのも無理か。
わたしは観念して、事情を話すことにした。
*
全て話し終えて、必死に言い募る。
けれど応える彼はどこか上の空だ。
悔しげな表情でそう言う彼は、何かを後悔するように拳を固く握りしめている。
――彼が悪いわけじゃないんだから、気にしなくていいのに。
それに、と。
彼はジットリした目つきでわたしのそばにいた櫻蘭姫を見やった。
あまり実感がないというのが本音だ。
それを聞いた彼は、はあとため息をついた。
うう、たしかに、間抜けだし、無謀でした。
次期当主の頭を悩ませている事実に、ひたすら恐縮していると、ふと彼が「あ」と声を漏らした。
そして、わたしを見る。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!