第3話

第三話 最凶のあやかし
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2023/10/09 11:00
震えが――止まらない。
なぜ、あやかしの女王とすら呼ばれる櫻蘭姫がここに?
玉邑藍
玉邑藍
(それに……わたしを、助けた?)
 どうして?
 櫻蘭姫といえば、その血濡れの着物に見られるように、今まで多くの強力な妖祓たちを屠ってきた最強のあやかしの一角だ。それなのに――。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【気になるか? なぜそなたが未だ生きているのか。
なぜ、櫻蘭姫わらわが手ずから小物を狩ったのか】
玉邑藍
玉邑藍
ッ……
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【簡単なこと。折角の極上の餌に、死なれては困るからよ】
玉邑藍
玉邑藍
極上の……
餌?

 言われている意味がわからず、わたしが目を瞬かせると、櫻蘭姫は妖しげに笑い、手にしている衵扇あこめおうぎを開いた。

そして、つい、と視線を拝殿の方へ遣った。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【――見よ小娘。
そなたはわらわによって自分の命が救われたと思っているのやもしれぬが、そうではないぞ】
玉邑藍
玉邑藍
え……
 見れば、いつの間にか、拝殿にあった嫌な気配が近くなってきていた。同時に、一時的に失せていた他のあやかしも、櫻蘭姫の気配に引き寄せられるかのように集まってきていた。

 ……そうだ、あやかしの気配は主に拝殿の方からきていた。さっきこのあやかしの女王が消し飛ばしたものは、もとよりこの地にいる『本命』ではない。
玉邑藍
玉邑藍
(どうしよう……)
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【さて。疑問に応えてやろうぞ、小娘。なぜわらわがそなたを『助けた』のか】
玉邑藍
玉邑藍
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【そなたが莫大な霊力の塊だからだ】
玉邑藍
玉邑藍
は……?
 今度こそ、意味がわからず、ぽかんと口を開けた。

 莫大な霊力の塊? たくさんの霊力を持っているということ?

 まさか。
 落ちこぼれで役立たずの、わたしが?
玉邑藍
玉邑藍
(ありえない……)
 初級の妖祓の術すら満足に使えず、家族の足を引っ張ってばかりの玉邑藍に、そんな力があるはずがないだろうに。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【妖祓の血筋とはいえ、人の身に余るほどの力よ。
そなた、妖祓の血筋であるのに、ろくに術など使えぬだろう】
玉邑藍
玉邑藍
! な、なんで……
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【それも道理よな。
あまりにもすさまじい霊力のため、その力を無闇に解放すると身体が耐え切れぬのよ。
そのため、そなたの身体は無意識のうちに霊力の顕現を抑え込んでいる】
玉邑藍
玉邑藍
(そんな……)
 それは、本当に?
 だとすれば、わたしが今まで術を使えなかったのは、才能がないからじゃなくて――力の制御ができなかったから、だったの?
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【しかしまあ。だからといって今のこの状況は変わらぬな? 
力を持っていても使えなければ弱いまま。このまま低級のあやかしに食われて死ぬのが落ちよ】
玉邑藍
玉邑藍
……そ、それは
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【そこで提案がある。そなた、わらわに力を捧げよ。

さすれば――この場のあやかしをわらわが葬ってやろうぞ】

 にい、と櫻蘭姫が笑った。

 赤い赤い舌が、覗く。

櫻蘭姫
櫻蘭姫
【そなたのような極上の餌をみすみす捨てるのも勿体ない。
わらわに霊力おまえを喰わせれば、ついでにここのあやかしを祓ってやると言うておる】


 選べ、と言われる。

 ここであやかしに喰われて死ぬか――あるいは、櫻蘭姫に霊力を喰わす代わりにあやかしを祓ってもらうか。
玉邑藍
玉邑藍
(そ、んな、選択を……)
 今しろ、というのか。


 ――たしかに、霊力を無理やり奪うことはできない。
 譲渡のためには、譲り渡す側がそれを是としなければならない。
だからわたしは、櫻蘭姫に生かされた。


 けれど前者はもちろん、……おそらく、後者を選んでも、わたしは、死ぬ。霊力を吸い取られた後、櫻蘭姫に生かしておいてもらえる保証はないからだ。

 それに霊力を渡せば、おそらく、この最強のあやかしはもっと強くなってしまう。そうなれば、犠牲になるのは力を持たない者たちや、一門をはじめとした妖祓たちだ。
玉邑藍
玉邑藍
(自分が死にたくないからというだけで、おいそれと力を渡すこともできない。
でもこのままでは……)
 両親に蔑まれ、妹に見下されたまま、犬死にすることになる――。

 わたしは拳を握り締める。
 ――そんなの、嫌だ。
玉邑藍
玉邑藍
(せっかく、一門の力になれるような、
人々のために戦えるような力が、あるかもしれないとわかったのに……!)
 このまま犬死にしたくない。
 どうせ死ぬならここのあやかしたちを葬ってからにしたい。
 でも、人々を危険に晒したくもない。
玉邑藍
玉邑藍
(考えろ、考えろ、玉邑藍)
玉邑藍
玉邑藍
(彼女にとっては、あの拝殿の本命だって、きっと敵のうちに入らない。
それほど強い彼女が、わざわざわたしを助けるほどに、わたしの力は食らうに値するものなんだろう。
 だとすれば――)
あやかしの群れは、さらに迫ってきている。
櫻蘭姫が口を開いた。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【さあ、決断せよ小娘。時間がないぞ?】
玉邑藍
玉邑藍
……わかった
 覚悟を決める。
 わたしは唾を飲み下し、あやかしの女王に向き直る。
玉邑藍
玉邑藍
――わたしの力を取れるだけ取っていい。
 その代わり、ここであなたがわたしの力を取りつくせなかったら、わたしと契約してください
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【……契約?】
 腹に力を込める。
 恐れてはいけない。怯んでもいけない。

 ここが、正念場だ。
 


玉邑藍
玉邑藍
どれだけ霊力があってもわたしはそれを使えない。祓い屋として生きていくことができない。
だから、わたしが霊力を捧げる間、あなたに――わたしの代わりに悪しきあやかしをたおし、
人々を守るあやかしとなることを要求します
 


 ――そう。

 これは、櫻蘭姫の「霊力を一度に喰らう量」よりも、「自分の霊力」が多いことに賭けた大博打だった。だから、もしも自分の霊力が櫻蘭姫のキャパシティーよりも少なければ、力を取りつくされて死んでしまう。

 けれど逆なら、自分は生き残り、さらに櫻蘭姫に力を与える代わりに人々も守れる。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【……ふん】
バチン、と、音を立てて――櫻蘭姫が扇を閉じた。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【そんな要求をわらわが呑むとでも? 
その契約を結ぶことに、わらわに何の利がある】
 やっぱり、そうきたか。
 たしかに、これは取引ではない。わたしが一方的に利を得るものだ。彼女はわたしの了承さえ取れば、霊力を吸い尽くしてあとは自由にできる。

 けれど。
玉邑藍
玉邑藍
――櫻蘭姫ともあろうかたが、小娘ひとりの霊力を一度で奪いつくす自信がないのですか?
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【なに?】
玉邑藍
玉邑藍
初めから霊力を取りつくせる気でいるのなら、
契約があろうとなかろうと、あなたにはどうでもいいはず。
違いますか?
 それに、と言葉を続けた。
玉邑藍
玉邑藍
あなたは、他のあやかしを殺してまでわざわざこんな小娘を助けるほど、わたしの霊力がほしいはず。
 ――ここで是と言ってくれなきゃ、
わたしはこのままあやかしに喰われて死ぬことを選びますよ?
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【……、
小癪な小娘よ】
 すると。
 言葉とは裏腹に、櫻蘭姫はうっそりと笑った。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【よかろう。そなたの度胸に敬意を表し、その賭け、乗ってやろうぞ。
わらわがそなたから力を取りつくせぬなど、ありえぬ】
 よし……!
玉邑藍
玉邑藍
では、その約束のもと、わたしの力をあなたに捧げます
 ――そう言った瞬間。
 気がつけば、櫻蘭姫の、夢のように整った花のかんばせが目の前にあって。
玉邑藍
玉邑藍
(え……っ!)
 くちびるに、噛みつかれる。
 その刹那――身体から一気に霊力ちからが抜ける感覚があった。
 

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