震えが――止まらない。
なぜ、あやかしの女王とすら呼ばれる櫻蘭姫がここに?
どうして?
櫻蘭姫といえば、その血濡れの着物に見られるように、今まで多くの強力な妖祓たちを屠ってきた最強のあやかしの一角だ。それなのに――。
餌?
言われている意味がわからず、わたしが目を瞬かせると、櫻蘭姫は妖しげに笑い、手にしている衵扇を開いた。
そして、つい、と視線を拝殿の方へ遣った。
見れば、いつの間にか、拝殿にあった嫌な気配が近くなってきていた。同時に、一時的に失せていた他のあやかしも、櫻蘭姫の気配に引き寄せられるかのように集まってきていた。
……そうだ、あやかしの気配は主に拝殿の方からきていた。さっきこのあやかしの女王が消し飛ばしたものは、もとよりこの地にいる『本命』ではない。
今度こそ、意味がわからず、ぽかんと口を開けた。
莫大な霊力の塊? たくさんの霊力を持っているということ?
まさか。
落ちこぼれで役立たずの、わたしが?
初級の妖祓の術すら満足に使えず、家族の足を引っ張ってばかりの玉邑藍に、そんな力があるはずがないだろうに。
それは、本当に?
だとすれば、わたしが今まで術を使えなかったのは、才能がないからじゃなくて――力の制御ができなかったから、だったの?
にい、と櫻蘭姫が笑った。
赤い赤い舌が、覗く。
選べ、と言われる。
ここであやかしに喰われて死ぬか――あるいは、櫻蘭姫に霊力を喰わす代わりにあやかしを祓ってもらうか。
今しろ、というのか。
――たしかに、霊力を無理やり奪うことはできない。
譲渡のためには、譲り渡す側がそれを是としなければならない。
だからわたしは、櫻蘭姫に生かされた。
けれど前者はもちろん、……おそらく、後者を選んでも、わたしは、死ぬ。霊力を吸い取られた後、櫻蘭姫に生かしておいてもらえる保証はないからだ。
それに霊力を渡せば、おそらく、この最強のあやかしはもっと強くなってしまう。そうなれば、犠牲になるのは力を持たない者たちや、一門をはじめとした妖祓たちだ。
両親に蔑まれ、妹に見下されたまま、犬死にすることになる――。
わたしは拳を握り締める。
――そんなの、嫌だ。
このまま犬死にしたくない。
どうせ死ぬならここのあやかしたちを葬ってからにしたい。
でも、人々を危険に晒したくもない。
あやかしの群れは、さらに迫ってきている。
櫻蘭姫が口を開いた。
覚悟を決める。
わたしは唾を飲み下し、あやかしの女王に向き直る。
腹に力を込める。
恐れてはいけない。怯んでもいけない。
ここが、正念場だ。
――そう。
これは、櫻蘭姫の「霊力を一度に喰らう量」よりも、「自分の霊力」が多いことに賭けた大博打だった。だから、もしも自分の霊力が櫻蘭姫のキャパシティーよりも少なければ、力を取りつくされて死んでしまう。
けれど逆なら、自分は生き残り、さらに櫻蘭姫に力を与える代わりに人々も守れる。
バチン、と、音を立てて――櫻蘭姫が扇を閉じた。
やっぱり、そうきたか。
たしかに、これは取引ではない。わたしが一方的に利を得るものだ。彼女はわたしの了承さえ取れば、霊力を吸い尽くしてあとは自由にできる。
けれど。
それに、と言葉を続けた。
すると。
言葉とは裏腹に、櫻蘭姫はうっそりと笑った。
よし……!
――そう言った瞬間。
気がつけば、櫻蘭姫の、夢のように整った花のかんばせが目の前にあって。
くちびるに、噛みつかれる。
その刹那――身体から一気に霊力が抜ける感覚があった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。