第5話

第五話 立夏の宴
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2023/10/23 11:00
翠に連れられて居間に赴くと、そこにはあからさまに不機嫌そうな両親が待っていた。父はわたしの顔を見るなりチッと舌打ちし、母は顔を顰めた。

 櫻蘭姫はついてきているだろうが、沈黙している。
 ……なんだか、おぞましくも美しい最凶のあやかしに、こんなところを見られるのは、ひどく惨めな気がした。
父親
遅い
玉邑藍
玉邑藍
……申し訳ありません、お父様、お母様
母親
いいからとっとと座りなさい
 冷たく言われ、はい、と頷いて下座につく。翠も澄まし顔で隣に座った。

 父はそんなわたしたちを一瞥すると、目を伏せて、「さっそく話を始めるぞ」と口を開いた。
父親
そろそろ、玉寺本家の御曹司であられる玉寺陵ぎょくでらりょう様が、成人を迎えられることは知っているな?
玉邑翠
玉邑翠
もちろんです、お父様
玉邑藍
玉邑藍
は、はい。知っています
父親
――そこでだ。
次に本家で開かれる立夏の宴より、本格的に次期本家当主の許嫁探しが始まる
玉邑翠
玉邑翠
 父の言葉に翠の目が輝いた。

 ――玉寺陵。玉寺一門の継嗣さま。

 たしか、わたしより一つ年上の高校三年生だ。現当主玉寺葉月さまの年の離れた弟君で、文武両道眉目秀麗を地で行く、天才的な祓い屋の若鳥だと聞いている。
玉邑藍
玉邑藍
(そんな方が、許嫁探し……)
玉邑翠
玉邑翠
それで、もしかして、その話がわたしたちの家にもたらされたということは……
父親
ああ。翠、お前はその候補に選ばれた
玉邑翠
玉邑翠
本当……!?
 翠は、さらにきらきらと目を輝かせる。
 しかし、すぐにはっとした顔になると、刺々しい視線をわたしに寄越した。
玉邑翠
玉邑翠
お父様、まさか、藍もここに呼んだということは……
父親
……ああ。『双子の姉妹』を宴に招待するとのことだ
玉邑藍
玉邑藍
え……
玉邑翠
玉邑翠
そんな……! どうして藍まで!
 まさかわたしと藍が同格だとでも本家の方々はそう言いたいの、と声を荒げる翠をしり目に、わたしも驚きで言葉がない。

 ……わたしも、次期本家当主の許嫁候補? 玉邑家の長女に才能がないというのは、そこそこ知られてしまっていることなのに。
父親
私達とて不本意だ。
「予知の力をお持ちの当代が「許嫁にふさわしい少女が分家に現れる」と予言なさったんだ
母親
どうやらその「少女」とやらを広く探したいみたいなのよ
両親の、どこか恨みがましい視線に、身を縮める。
 二人としては、出来損ないを本家の人々の前にさらしたくないんだろう。でも、ご当主さまの指示だから、わたしも宴に出さざるを得ない。……翠のいう『逆らう』とは、そういうことだったんだ。
玉邑藍
玉邑藍
(まあ、そうよね……)
 両親が喜んでわたしを次期当主の許嫁候補にと推すはずがない。
霊力が豊富なのはわかったけれど、結局わたし自身が出来損ないであることには変わりはないし……。
母親
いい? 藍。わかっているでしょうけど、当日はくれぐれも翠の邪魔をするんじゃないわよ
玉邑藍
玉邑藍
……はい、お母様
 もとから、そのつもりだ。
 わたしだって、自分が次期当主の許嫁に相応しいなんて不遜なこと、思っていないもの。





 ――頭を下げ、そのまま居間を退出し、朝の支度をすべく歩き出す。

 翠たちはまだ居間に残って宴で陵さまの目に留まるための戦略を練っているんだろう。もう慣れてしまった蚊帳の外状態に、思わず苦笑を零したその時だった、
 鉄さびの花の匂いのする風が吹き、今まで姿を消していた――櫻蘭姫が現れた。
玉邑藍
玉邑藍
お、櫻蘭姫! 出てきたら……!
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【誰もおらぬであろうが。しかし随分とまあ、疎まれたものよ。なあ、そなた】
玉邑藍
玉邑藍
……
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【人間のしがらみというのは実に愚かしい。くだらぬ。
下に見られることを嘆く暇があれば奴らをを殺して家を乗っ取ってしまえばよかろう】
 ――冷めた物言い。
 突き放すような、どうでもいいような声音に、自然と眉が下がる。
玉邑藍
玉邑藍
(味方になってはくれても、やっぱり彼女は「あやかし」なんだ)
 決して、わたし自身に寄り添ってはくれない。
玉邑藍
玉邑藍
そんなこと、できるはずないよ
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【何ゆえ? 今、そなたにはわらわという力があろう】
玉邑藍
玉邑藍
そういうことじゃないの……
力なくかぶりを振れば、ふん、と櫻蘭姫は鼻を鳴らした。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【そなたには芯というものがない。力があっても振るおうとはせぬ。
報復してやればよいものを、気色の悪い自己犠牲趣味だの。意味の分からぬ小娘よ】
玉邑藍
玉邑藍
(芯がない、か……)
 そうなのかもしれない。
 わたしはずっとうつむいて、諦めながら生きてきた。

この家で、わたしはずっと……ずっと独りぼっちだった。
味方になってくれる人なんてほとんどいなくて、家族は家族としてのかたちをしていなかった。

でも、力があるとわかって、少しだけ希望が生まれたんだ。この力で人を助けることができれば、家族に認めてもらえるんじゃないかって――まだ、期待していたい。









立夏の宴は、その年のゴールデンウィークの最終日に執り行われることになった。

 もちろん、通達があったとはいえ、名目は夏のはじまりを祝う宴だ。けれど、やっぱり多くの分家から年若い女子が集められているらしいので、本当に玉寺陵さまの許嫁探しの宴なんだろう。
玉邑藍
玉邑藍
(シンデレラでいう、王子様のお嫁さん探しみたい)
 ――そんなわたしは。
 本家の大広間を使って行われている大規模な宴会――そのはじっこでじっとしながら、そんなことを思っていた。
玉邑藍
玉邑藍
(いいえ。みたい、じゃなくて、実際にそうなのかもしれない)
 宴会はきらびやかで、卓の上には豪勢な料理が並んでいる。きれいに飾り立てられた女の子とその親たちが談笑しながらどこか殺気立っているのは、どの親子も御曹司さまの許嫁の座を狙っているからだ。
分家令嬢
あれが玉邑翠?
分家令嬢
……悔しいけど、美人ね……
華やかな着物でめかしこんだ翠は、既に注目の的だ。
御曹司さまはまだいらしていないけれど、ライバルの女の子たちですら一目置いているのがわかる。翠のそばにいる両親も誇らしげだ。
玉邑藍
玉邑藍
(それに比べて……)
 わたしはそっと、自分の装いを見下ろした。

 地味な色に、簡素な作りの着物。最低限、使用人には見えないというだけの髪飾り。

 ……許嫁レースに参加はしないし、できるとも思っていないからいいけれど――いつ「あの子、玉邑翠の姉じゃない?」と後ろ指をさされることになるかと思うと、緊張で心臓がギュッと痛む。
玉邑藍
玉邑藍
予言の許嫁っていうのも、母様たちの言う通り、翠のことなのかも……
 翠はわたしとは違って、性格も明るくて、優秀だから。
 それに、一応、玉邑家は筆頭分家だ。分家筋の中では、もっとも古くて権威があると、本家から認められている家なのだ。だから、翠なら……。

 思わず卑屈な気持ちになったところで「あら、藍」と華やかな声が頭上に降ってきた。ハッとして顔を上げる。
玉邑藍
玉邑藍
翠……? いつのまに、ここに
玉邑翠
玉邑翠
随分とまあ、陰気臭い顔じゃない?
玉邑藍
玉邑藍
そんなこと……ちゃんと楽しんでるわ。翠、既に注目の的ね。すごい
玉邑翠
玉邑翠
当たり前でしょ? わたしはあんたとは出来が違うの
 ねえ、と翠が片頬をつり上げて笑った。 
 その手が、近くの卓に置いてあった茶碗に伸びる。茶托から持ち上げられた茶碗には、なみなみと緑茶が入っている。
玉邑翠
玉邑翠
そんなに楽しくないなら帰っていいわよ。あんたがいると空気が暗くなるのよね
玉邑藍
玉邑藍
え?
玉邑翠
玉邑翠
私が口実を作ってあげる!
そう言って。
 翠は掴んだ茶碗に入っていたお茶を、わたしの頭上にぶちまけた。


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