第6話

第六話 出会い
1,274
2023/10/30 11:00
ぽた、ぽた、と、前髪から水滴が落ちる。
額から雫が幾筋も流れ、顎を伝って床を濡らした。
玉邑藍
玉邑藍
(お茶を……かけられた?)
そう認識した途端、翠が、わざとらしく悲鳴を上げる。
玉邑翠
玉邑翠
きゃあっ、お姉様! 大丈夫!? ごめんなさい、手が滑ってしまって
玉邑藍
玉邑藍
……、ええ……
 余計なことは言うなよ。


 妹の視線がありありとそう言っていて、わたしは身をすくませながら大人しくそう言うしかなかった。

 ……でも、お茶がぬるくなっていたものでよかった。熱々のものを頭からかけられていたら、冗談では済まない火傷を負っていたかもしれない。
玉邑翠
玉邑翠
風邪をひいたら大変だし、お姉様はもうお帰りになって。
大丈夫、退出した事情は、わたしから陵さまにお伝えするわ
玉邑藍
玉邑藍
……そうね。わかった
 頷いて立ち上がり、チラチラ視線を向けられている中、歩き出す。

 惨めね、とか、可哀想、とか、くすくす笑う声を気にしない振りをしながら、そそくさと宴会場を退出する。
玉邑藍
玉邑藍
(どうせわたしなんかがここにいたって、意味ないもの)
 濡れた頭のまま広間を出て、障子を閉め、わたしはため息をついた。
 いっそ、追い出されて都合が良かったのかもしれない。……お茶をかけられようが、好奇の目で見られていたのは変わりはないし。
玉邑藍
玉邑藍
(帰ろう……)
 車を出してもらえるだろうか。
 玉寺本邸から、玉邑の屋敷まで、そこそこ距離がある。この格好のまま歩いて帰るのは、さすがにちょっと嫌だ。

 ――と、そんなことを思ったその時だった。
 視界の端でせわしなく動いていた下働きの人たちの間に、ぴり、と緊張が走った気配がした。
玉邑藍
玉邑藍
(なに……?)
 いったいどうしたんだろう、と思って顔を上げれば。
 わたしが今いる廊下の向こうから、明らかに仕立てがいいとわかる着物をまとった青年が、こちらに向かって歩いてくるところだった。
玉邑藍
玉邑藍
(わ……!)
なんて、きれいな人。

 絹のようにさらさらとした濡れ羽色の髪。月の光に磨かれたような白い肌。目元は涼やかで鼻もつんと高く、背だってスラリと高い。
玉邑藍
玉邑藍
(こ、こんな格好いい人、初めて見た)
 本家の血筋の方だろうか。

 ……だとしたら、わたしは今濡れ鼠だ。お目汚しになってはいけない。
 わたしは、青年が、側仕え(もしくは、お世話役)らしき人とともにこちらを歩いてくるのを見て、慌てて道を開ける。

 ――すると、その時だった。
美しい青年
美しい青年
君は……
玉邑藍
玉邑藍
えっ……?
 まさにすれ違いそうになった、その時。
 その人が立ち止まり、わたしの方を見て息を飲む気配がした。

 ――見られている?

 恐る恐る、俯けていた顔を上げると、やっぱり、うつくしい人はわたしの顔を見ている。

玉邑藍
玉邑藍
(た、大変! ご不快にさせてしまった?)
どうしよう。何かお叱りがあるかも。 
 青ざめて何も言えないでいると、青年は眉を曇らせて、そばにいたお世話役らしき人に、
美しい青年
美しい青年
悪いが、彼女に着替えを。俺はこのまま宴会場へ向かう
と言った。
玉邑藍
玉邑藍
(えっ!?)
女中
かしこまりました。では、参りましょうか、お嬢様
玉邑藍
玉邑藍
お嬢様!?
じゃ、なかった、あの、わたしはもうお暇するので、お着替えなど、おかまいなく……
 いいや、と青年は首を振る。
美しい青年
美しい青年
君のことは知っている。本家が呼んだ、宴の客だ。
客をそんな恰好で返すほうが、本家としてありえない
美しい青年
美しい青年
着替えた後は会場に戻ってきてほしいとは思うが、
まあ戻るにしろこのまま帰るにしろ、着替えは安心して受け取ってくれ
玉邑藍
玉邑藍
え、え、え……
美しい青年
美しい青年
それじゃあ
着物の裾を翻し、青年は颯爽と去っていく。
 わたしはぽかんとその後ろ姿を見送った。

プリ小説オーディオドラマ