第10話

第十話 いつわりの
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2023/11/27 11:00
玉邑藍
玉邑藍
…………………………、
は??
今、彼はいったい、なんて??

 あまりの衝撃に何も言えずに固まっていると、何かに気がついたらしい彼が「ああ」と片眉を上げた。
玉寺陵
玉寺陵
悪い。言葉が足りなかったな。俺と契約婚約をしてくれないか――と言ったんだ
――つまり、本物の婚約の話じゃない。

 苦笑まじりにそう付け加えられ、ほっと力が抜けた。
玉邑藍
玉邑藍
契約……ということは、嘘の婚約ということですか?
玉寺陵
玉寺陵
そういうことだ。必要な時が来たら元の関係に戻る、偽装婚約とも言える
玉邑藍
玉邑藍
なるほど……
わたしは昂ぶりかけた気分を落ち着かせるために、フーッと長く息を吐き出す。

びっくりなんてものじゃなかった。まさか玉寺家の御曹司にプロポーズじみたことを言われるなんて。
玉邑藍
玉邑藍
(一瞬、本当の婚約を持ちかけられたのかと思っちゃった。
ありえないけど……)
――とはいえ、どうしてわたしに、偽装婚約の話なんて持ちかけたんだろう?

 すると。
 こちらが疑問に思ったことを察したのか、彼は説明をしてくれた。
玉寺陵
玉寺陵
……実は、分家のうちいくつかに、不穏な動きをしている者たちが燻ぶっているんだ。
本家を打倒して成り代わってやろうと虎視眈々と狙っている勢力が
玉邑藍
玉邑藍
え……
玉寺陵
玉寺陵
そういう分家から、許嫁を押し付けられそうになっている。
こちらが尻尾を掴めていないことをいいことにしてな
突然始まった重たい話に、わたしは目を白黒させる。
 ほ、本家を打倒? 成り代わる? そんなことを考えるような分家があるんだ。
玉寺陵
玉寺陵
だから、そういうのを退けるためにも、嘘でもいいから最低限人間性が信頼できる許嫁がほしい。
……次期当主とはいえ、俺にはまだ現当主である姉ほどの求心力がないからな
少しだけ理解した。
だから、彼は宴でお嫁さん探しをしたんだ。

 少しでも、条件に合う『許嫁』を探すために。
玉邑藍
玉邑藍
(でないと怪しい分家から、許嫁候補を押し付けられることになってしまうから……)
妖祓の一族は恋愛結婚が少なく、一族の者同士で政略結婚することが多い。それは血に宿る妖祓の力を守るためでもあるけれど、政略結婚をすることで、一門の中で力を保つ意味もある。

 そういう意味では玉邑家の娘であるわたしはそこそこ条件に合う。
玉邑家は筆頭分家だし、わたし自身のことも術が使えなくても霊力が豊富であるとを公表すれば、『偽装婚約』として多少は信ぴょう性がある。
玉寺陵
玉寺陵
俺が次期当主として力を持つ段階になったときには婚約を解消してもいいし、
婚約解消後も絶対に悪いようにはしない。
実家が辛いなら力を貸す。どうだ?
玉邑藍
玉邑藍
あ、あの、光栄です。でも……それでも、わたしよりかは妹の翠の方が条件に合うんじゃ? 
翠は優秀だと評判ですし、本家の方々も納得しやすいはず
言うと、彼はかぶりを振った。
玉寺陵
玉寺陵
……家族を悪く言うようで申し訳ないが、俺は彼女にいい印象を持たなかった。
自分をよく見せるために人を貶める人間は好ましくない
玉寺陵
玉寺陵
そもそも彼女は偽装に納得するタチか? 
俺はしばらく誰かと婚約も婚姻もする気もないから、そのあたりを飲み込んでくれない相手は困る
玉邑藍
玉邑藍
そ……う、ですか
誰とも本当の婚約をする気は、ないんだ。
 なんだか少し残念なような――って、わたしは何を考えてるんだろう。
玉寺陵
玉寺陵
……君が努力家なのは前から知っていた。
共用の修練場に遅くまで残って修練していたのも知っているし、
今回、人のために身を粉にすることを厭わない人間だともわかった
玉寺陵
玉寺陵
だから――君の力が必要なんだ
玉邑藍
玉邑藍
……!
玉寺陵
玉寺陵
その。……櫻蘭姫のことも放っておけないしな
 そっぽを向いて付け加えられた言葉に、うっ、と言葉に詰まる。
玉邑藍
玉邑藍
(それは確かに……次期当主さまとしては、そうよね)
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【……は。逃げ道を用意せねば本音も言えぬか、未熟者め】
玉寺陵
玉寺陵
は? 何がだ
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【なんと。そなた、無自覚か? 一門の次期当主がこれでは先が思いやられることよ】
玉寺陵
玉寺陵
何が言いたい……
玉邑藍
玉邑藍
お、櫻蘭姫、やめて
一触即発の空気を感じ、櫻蘭姫が陵さまを煽るのを止める。
 血染めのうつくしきあやかしは、ふん、とニヒルな笑みを残すと、そのまま姿を空気に溶かした。
玉邑藍
玉邑藍
あの……櫻蘭姫がすみません
玉寺陵
玉寺陵
……いや、問題ない。それで、君はどうしたい
玉邑藍
玉邑藍
わたしは……
顔を上げる。

 どこか緊張した面持ちの次期当主さまと目が合う。

 ――綺麗な人。櫻蘭姫と正面から戦うことが出来るくらい、強い人。
 そして、わたしの努力を影ながら認めてくれていた人。

 そんな人の頼みだ。
 答えなんて決まっていた。
玉邑藍
玉邑藍
お受けいたします。よろしくお願いいたします、玉寺陵さま
玉寺陵
玉寺陵
陵でいい
彼はそう言うと、すずやかな面差しにほんの僅かに喜色を浮かべた。





 *





 ――その後。
 わたしと彼のいつわりの婚約関係は、本家の人々にすぐに通知された、という。

 とはいえ、まだ許嫁になると確定したわけでもなく、ご当主さま――葉月さまのお許しももらっていない。あくまで内々の発表ということで、分家の人々は知らないし、本家の人々にとってもわたしの立ち位置は『次期当主夫人』ではなく『次期当主夫人の最有力候補』といったところだろう。

 いつわりの許嫁関係が始まってから一ヶ月が経っても、それはまだ変わらない。
本家では、次期当主の婚約者は霊力が豊富らしいとは噂されているらしいけれど、わたしの『落ちこぼれ』評判もまだ根強く残っていて、婚約に反対する人も多いんだろうと思う。
玉邑藍
玉邑藍
(でも、あれから、自由に本家の敷地を訪れることができるようになったのよね……)
 彼が「あまり家にいたくないなら、本邸を訪れるから、とここに来ることを言い訳に使っていい」と言ってくれたのだ。
 恐れ多いけれど正直、ちょっとありがたい。

 ――とはいえ、家族と離れすぎてもいけなかった。

 偽りの婚約に至った過程が過程だ。わたしとしては、玉邑家やその周囲の動向を確認する必要がある。

 玉邑家は力がある家だ。
 彼は分家の間に不穏な動きがあると言うし――だからこそ家族が怪しいことをしていないか、注意して見ておかなければならない。

 ないとは思うけれど――もし万が一、玉邑家が本家に反旗を翻すなどしてしまえば、当然ただでは済まない。家族は野心家の面もあるし、万が一を避けるためにも、両親や翠の言動をさりげなく監視することは、家族を守ることでもある。
 




 放課後になり、校舎を出る。

 向かう先は家ではなく、本家のお屋敷だ。最近は学校の後、ちょこちょこ本家を訪れているのだ。
 足取り軽く歩いていると、ふと、花と血の匂いが鼻をかすめる。

 そして、
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【――そなた。またあやつのところに行くのか?】
玉邑藍
玉邑藍
櫻蘭姫! もう、呼んでないのに出てきて……
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【……そなたも随分ぞんざいな態度になってきたものよな。
それはまあよいが、わらわがおるというのに、せっせとあやつのところに通う必要があるのか? 
気に入らぬ】
玉邑藍
玉邑藍
……相変わらず、仲が悪いのね
なにせあやかしと祓い屋だ、無理もないだろうけれど。
 そうはいっても犬猿の仲な気がするのは、単にウマが合わないからなんだろうか。
玉邑藍
玉邑藍
(仲良くしてとは言わないけれど……)
いがみ合わないでほしいな、と。
 ため息をついた、その時だった。
玉邑翠
玉邑翠
ちょっと待ちなさいよ、藍

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