第8話

第八話 呼び出し
1,133
2023/11/13 11:00
――パンッ。
玉邑藍
玉邑藍
ッ……!
 頬に走った鋭い痛みに、唇を噛む。
 宴が終わり、玉邑家に戻るなり、父に平手で打たれたのだ。
父親
お前、一体何をしでかした!? 
何をどうしたら、本家の次期当主から呼び出しを食らうことになるんだ!
母親
ただでさえ出来損ないで、我が家の足を引っ張っているというのに……! 
どうしてこんなにわたしたちに迷惑をかけるの!
父の怒声が、母の金切り声が、鼓膜を切り刻むようだ。

 ――本当に、どうして呼び出しなんかされることになったんだろう。
 着物の件に関して、手を煩わせてしまったから? ……いや、それに関しては彼は気にしていないようだったし、『似合ってる』とすら言ってくれた。
 彼はわたしをじっと見て、それから顔を険しくしたのだ。
玉邑翠
玉邑翠
いい気味。そもそも、落ちこぼれの藍が陵さまから厚遇される理由なんてないものね。
もともと何か咎めるつもりでいらしたのよ
玉邑藍
玉邑藍
……
もともと、何か、咎めるつもりでいた?
 彼がわたしに親切にしたのは、そういうこと?

 だとしたら――。
玉邑藍
玉邑藍
(まさか……櫻蘭姫に気づかれた……?)





 *






 正式に呼び出しがあったのはそれから数日後のことだった。

 本邸から便りがあり、近いうちにこちらに来いとのことだった。
 分家の、しかも落ちこぼれのわたしに否やはない。わたしは便りがあった翌日、学校が終わってそのまま本邸に向かった。 

女中
玉邑藍さまですね。御曹司がお待ちです
玉邑藍
玉邑藍
は、はい
 待ち構えていた使用人の方々に連れられ、本邸の中を歩いていく。
 あの時と違って宴がなく、お客さんがいないからか、本家の屋敷は宴の日よりもよほど広く、静かに感じられた。
女中
こちらです
玉邑藍
玉邑藍
ええ……あの、でも、ここって
女中
ご覧の通り。玉寺本家の方々がお使いになる訓練場です。
……陵さまはこちらにおられます
どこか緊張した面持ちの使用人の方々は、頭を下げるとさっとその場を去っていった。

 わたしは連れてこられた修練場の入口――木の門構えをじっと見つめる。
 ……なんて広い。
玉邑藍
玉邑藍
(しかも多分、結界が張ってある)
敷地の一部を使って作られたこの屋外修練場は、おそらく主に実戦の訓練をするためのものなんだろう。
結界はきっと、中で霊力による攻撃や防御の術の訓練をしても、外に影響が出ないようにするためのものだ。
玉邑藍
玉邑藍
(うちのものとは、全然違う)
 図らずも本家の力の一端に触れた気がして、緊張する。
 それでも、呼び出されたからには、行かないわけにもいかない。
 わたしはこわごわと門に触れ――中に入った。客人だからか、結界に阻まれることもない。
玉邑藍
玉邑藍
た……玉邑藍、参りました
玉寺陵
玉寺陵
ああ。よく来たな
玉邑藍
玉邑藍
(わあ……相変わらず、格好いい)
 今は放課後だが、初夏のためまだ日は高い。修練に励んでいたのか、白い道着に黒い袴を着用した彼の肌には、少し汗が滲んでいる。

 ……だが、今は、見とれている場合じゃない。
 わたしは唾を飲み込むと姿勢を正し、次期本家当主に向き直った。
玉邑藍
玉邑藍
お話とは、なんでしょうか
玉寺陵
玉寺陵
そうだな
 陵さまが、ゆっくりと腰に手をやる。そこで、彼が腰に細身の霊刀をいていることに気がついた。
 そして。
玉寺陵
玉寺陵
――何か、隠していることはないか
 まっすぐに、
 視線が、向けられる。
玉寺陵
玉寺陵
落ちこぼれだ、と君の家族や親族たちは、君を評していた。
しかし、どうにも俺にはそうは思えなくてな
玉邑藍
玉邑藍
……ええと、
玉寺陵
玉寺陵
君には、何かとてつもない力が隠されているように思うんだ。
それに、初めは気が付かなかったが――
彼はそこで言葉を切り、ちゃ、と刀の鍔を鳴らした。

玉寺陵
玉寺陵
君の近くには、邪悪な気配がある
玉邑藍
玉邑藍
……!
 ――やはり、気づかれていた。

 血の気が引いていく。邪悪な気配、というのは言うまでもなく櫻蘭姫のことだろう。
 櫻蘭姫は確かにわたしの契約相手――使い魔のようなものだ。契約を交わしている間は人に攻撃はしない。でも、それを言って、信じてもらえる?
玉寺陵
玉寺陵
その上でもう一度聞く。何かを隠しているだろう?
玉邑藍
玉邑藍
わ、わたしは……
玉寺陵
玉寺陵
――答える気はないか。それなら、多少強引だが仕方ない
 眼光を鋭くさせた陵さまが、腰に手をやったまま、素早く刀印を結んだ。
 途端、彼を中心に、霊力が大きく渦を巻いた。……何か術を使おうとしている?
 
玉寺陵
玉寺陵
――隠されたものよ、あまねく、白日のもとに顕れよ。
『姿現しの術』
玉邑藍
玉邑藍
(っ、大変……!)
姿現しの術とは、読んで字のまま、術によって隠されたものを白日の元に晒すものだ。
正体を隠したあやかしや、姿を消したあやかしの素顔や居場所を暴くことができる。
玉邑藍
玉邑藍
(これじゃ、)
 まずい。
 彼女の存在が露見してしまう。
玉邑藍
玉邑藍
(櫻蘭姫……!)
 隠されていた妖気がその場に集まる。無理に暴かれるのを不快に思っているのか、どこか不愉快そうな妖力が、その場を満たす。

 そして、妖気は人のかたちに成る。

 血濡れの着物を纏った美女の姿に。

玉寺陵
玉寺陵
まさか、貴様は……
膨れ上がった妖気に、顔を顰めていた陵さまが、驚愕に大きく目を見開いた。
玉寺陵
玉寺陵
あの――櫻蘭姫か!
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【ほう、気づいたか。なるほど優秀と言われるだけはあるな、次の玉寺の掌門よ】
玉寺陵
玉寺陵
どういうことだ、何故櫻蘭姫がここに……! 
玉邑藍に憑いていたのか!?
声を荒げ、彼は臨戦態勢を取る。
 刀の柄に添えられた手を見て、櫻蘭姫はふん、と鼻を鳴らした。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【だとしたらどうする?】
玉寺陵
玉寺陵
……っ、何がどうなってるんだ! 
玉邑藍、君はいったい何を知ってる!? 一門に災いをもたらすつもりなのか!?
玉邑藍
玉邑藍
そ、そんな……! そんなこと、ありえません! わたしは、
 わたしは、ただ、死にたくなくて。
 死んだとしても、誰かの役に立ちたくて。
 家と人の役に立ちたくて。
 必死に、彼女との契約を成立させただけで――!
玉寺陵
玉寺陵
……いやいい。それについては後回しだ。
 まずは櫻蘭姫。貴様を片付ける!
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【小童が! わらわに逆らうことが、いかに愚かしいことか知れ!】
玉邑藍
玉邑藍
……ッ!!
 陵さまが抜刀とともに地を蹴り、
 櫻蘭姫が扇を振り翳す。

 ――どう、という轟音とともに大地が鳴動し、桜吹雪の混じった妖力と、清廉な霊力がぶつかり合って弾ける。
玉邑藍
玉邑藍
(どうしよう……!)
 一秒一秒追うごとに、二人の戦いが激化していっているのがわかる。
 霊力の波動と妖力の波動のぶつかり合いは、空気を揺らし地面に亀裂を入れる。修練場を囲うように設けられた木の壁と、門が軋んでいる。
 このままじゃ、本当にここがめちゃくちゃになる。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【小童にしてはなかなかやる】
玉寺陵
玉寺陵
く……っ
 それに、櫻蘭姫の愉快そうな声に対して、彼の声には余裕がない。
 無理もない。玉寺陵はまだ18歳で、櫻蘭姫は千年を生きるあやかしなのだから。
玉邑藍
玉邑藍
(どうしよう……もし、櫻蘭姫が玉寺家の次の当主を殺すようなことがあったら……) 
玉寺一門は崩壊し、日本の妖祓の一族は、大きく力を削がれることになる。
 そうなれば、訪れるのは混沌の時代だ。
玉邑藍
玉邑藍
(止めなきゃ……でも……)
玉邑藍
玉邑藍
どうすればいいの……!?

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