第12話

第十二話 監禁
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2023/12/11 11:00
玉邑藍
玉邑藍
いや、やめて、離して!
母親
大人しくしなさい!
着物の襟元を掴まれて、引きずられるようにして歩く。

 結婚して現役を退いたが、かつては優秀な祓い屋だったというお母様の力は強かった。霊力も込めているのだろう、抵抗しても彼女の手が私の着物から外れる気配がない。
母親
あなたはずっとここにいるのよ
玉邑藍
玉邑藍
きゃっ!
連れてこられたのは長らく使っていないという離れだった。

固く閉ざされた離れへの扉を開け放つなり、お母様はわたしを投げ捨てるように、中へと突き飛ばした。
玉邑藍
玉邑藍
(ここは……?)
あたりが暗くてよく見えないけれど、床は畳だった。よく見れば、広い離れの中には、木の格子に囲まれた部屋がいくつかあった。
 どうやらわたしは、その中の一つに入れられたらしかった。
玉邑藍
玉邑藍
(この離れ……、座敷牢になってたの?)
外から見ればただの平屋の離れだが、実は牢になっていたらしい。
 知らなかった。こんなところに、座敷牢があったなんて。

 それより――。
玉邑藍
玉邑藍
お、お母様、まさかわたしをここに……
母親
ええ。可哀想だから今までは学校にも通わせてあげていたけど、もう高校も行かなくていいわ。
というより、もうここから出てこなくていい
玉邑藍
玉邑藍
……!
母親
役立たずである上に、妹の良縁の邪魔までして。本当に、なんて子なのかしら
お母様の声音は、冷ややかを通り越して、もはや氷のようだった。
母親
本当に……どうして双子なんかで生まれてきたんでしょうね。
才能がある方みどりだけでよかったのに

――ぐわん、と脳みそが揺れる。

 既に畳の上に座り込んでいたが、今にも座り込んだ場所が崩れ落ちていきそうだと思った。
父親
おい、もういいだろう。行くぞ
母親
ええ、そうね。……この子がいなくなれば、御曹司もきっと翠を許嫁に選んでくださるはずよ
後ろからついてきていたお父様に声をかけられたお母様は、こちらを睨み付けると、わたしのいる牢の扉に錠を落とした。
 霊力を封印する呪札を、格子にいくつも貼り付けるのを、ぼんやりと見つめる。
玉邑藍
玉邑藍
(ああ……)
褒められるどころか、喜ばれるどころか――こんなことになるなんて。

 何も考えられない。
 わたしは、本当に、彼らにとっていらない子だったんだ。





 *





 両親はわたしを長く生かしておくつもりもないようで、食事の差し入れはほとんどなかった。

 もともと妖祓の一族は、あやかし云々のことを世間から隠すのに長けている。――わたし一人亡くなったところで、両親はうまくその死を隠すか誤魔化すかするだろうし、現代の法で彼らを裁くことはできないだろう。

 座敷牢の存在は両親以外は誰も知らないのか、時折、喜代子さんがわたしの居所をお母様に尋ねて無視される声や、翠が「どうして雑用をしないの! どこに隠れたのよ藍!」と癇癪を起こす声が聞こえてくる。

 ――でも、それだけだった。

 もともと体力があるわけでもない。水と少量の保存食だけでは体力が持たず、二日三日で、わたしはろくに動くこともできなくなった。
玉邑藍
玉邑藍
(どうして、わたしはお母様とお父様から、こんなにも嫌われているの?)
翠に疎まれるなら、まだわかる。

 翠にはひどいことも言われたし、されてきていたけれど、彼女はわたしの代わりに、危険な任務にもたくさん行ってきた。わたしも努力はしていたけれど、翠だってしていたはずだ。
 翠が本気で陵さんのことを好きだったなら、わたしに怒りを覚えたっておかしくない。

 けれど――。
玉邑藍
玉邑藍
(お母様たちは、そんなにわたしが邪魔なの? 
普通の家族になりたいと思うのは、そんなにダメなことだったの?)
わたしはこのまま、両親の望むままに衰弱死にむかうのだろうか。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【やはりこうなったか、間抜けな小娘よ】
玉邑藍
玉邑藍
――櫻蘭姫
血と花の匂い。

ここしばらくで嗅ぎなれた、不穏な甘い匂いに、わたしは顔を上げた。
玉邑藍
玉邑藍
呼んでないのに、きたのね
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【フン。――まったく、そなたは一体何のために生きている? 
ここまでの仕打ちをされて、怒りもせず絶望するだけか、腰抜けめ。
 わらわと契約をしたときに見せた気概はどこへ行った?】
玉邑藍
玉邑藍
……わたしは……
櫻蘭姫はわたしの正面に立つ。
 扇の先を、まるで剣の切っ先のようにしてわたしの眼前に突きつける。

 よいか、と、彼女は言った。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【わらわと違って人の子の時間は短かろうよ。
 だからこそ、何を求め、何を選び、何をするのかは、いい加減流されるばかりでなく自分で決めよ。

 ――そなたは誰を助けたい? 何を守りたいのだ】
玉邑藍
玉邑藍
それは……
家族に褒められたい。 
 
認められたい。

 それこそが、玉邑藍――わたしがずっと望んできたことだった。

 ――しかし、それはもう、手に入らないものなのだろう。

 牢に閉じ込められて、ようやくそれを実感した。
だからこそ絶望した。


玉邑藍
玉邑藍
(ああ、でも……)
ふと、思い出す。

 ――彼は違った。

 誰もわたしを認めてくれなかったのに、彼だけは違った。努力を見ていてくれた。

 わたしの力が、必要だと。
 そう言ってくれた。
玉邑藍
玉邑藍
(陵さん……)
いつわりでも、一時的にでも、わたしを隣に置いてくれようとした人。
 誠実で、優しい人。
玉邑藍
玉邑藍
(そうだ。わたしはまだ、彼の力になれていない)



――このままでは、死ねない。

 

顔を上げる。

弱った体に、活力が戻ったような気がした。
玉邑藍
玉邑藍
すべきことを、しなくては
わたしは彼のためになりたい。

 櫻蘭姫はずっとわたしに発破をかけてくれていた。何を捨てて何を選ぶのか。自分のしたいことを見つめろと。
 目を逸らすな。
玉邑藍
玉邑藍
櫻蘭姫
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【なんだ】
 身体を起こし、最凶のあやかしの目を、真っ直ぐに見つめる。
 背筋を伸ばして口を開く。
玉邑藍
玉邑藍
――契約に従い、わたしの力を対価に、わたしの求めを成しなさい。
 まずは、ここを出ます
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【ようやくか】
よかろう、と。
 不敵に笑った櫻蘭姫がわたしの肩に手を置いた。霊力を食まれる感覚とともに、凄まじい力の奔流があたりを取り巻いた。
 がたがたと、空気と、霊力封じの札つきの格子が震える。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【こんなちんけな呪で、わらわの力を封じられると思うてか!】
一喝。
 とともに、札もろとも格子が吹き飛ばされる。
玉邑藍
玉邑藍
(さすがは、櫻蘭姫。あんな霊力の札なんて、ものともしないのね)
心強い。

 わたしはよろよろと立ち上がり、重たい体を引きずって離れの外に出た。
 久々に吸う外の空気に、肺が歓喜する。
母親
一体、何の音よ……、
 ッ、な、藍!?
父親
どうしてお前がここに……!? なぜ霊力封じの札が貼ってある牢から出られた!? 
あの札の効力がどれほどのものだと……!
玉邑藍
玉邑藍
……お母様、お父様
物音を不審に思って見に来たのか、離れのすぐそばまで来ていた両親と鉢合わせする。

両親は、おののいた表情でわたしを見ていた。……当然だろう。天地がひっくり返っても出てこられないはずと思っていた娘が、外にいるんだから。
父親
それに、何だ、お前……そこにいる女は? な、なにを、何を連れているんだ……!
ま、ま、まさか、まさかその女は……!
玉邑藍
玉邑藍
っ、わたしは……
母親
魔よ! 藍は妖魔に、あやかしに取り憑かれたんだわ! 
でなければあそこから出られるはずないもの! 化け物め……!
玉邑藍
玉邑藍
(……ああ)
もう、ダメなんだ。
 化け物と呼ばれた瞬間、唐突に、理解した。――この人たちと真に『家族』になれる日なんて来ないのだと。

 だから、もういい。
玉邑藍
玉邑藍
……わたしのことがいらないのなら、もうここは出ていきます
母親
待ちなさい!
お母様が右手を掲げる。手のひらに霊力が集まり、攻撃を仕掛けようとしてくる。
 櫻蘭姫は蔑むように鼻を鳴らし、わたしはそれを、まるで他人事のように見つめた。
 そして、その攻撃が――お母様の放った霊力の波動が、わたしに届かんとした、その瞬間だった。

玉寺陵
玉寺陵
藍!
 誰かがわたしの名を呼んで、その攻撃を弾いた。

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