第7話

第七話 宴会場
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2023/11/06 11:00
女中
では玉邑のお嬢様、こちらへ。お着替えをいたしましょう
玉邑藍
玉邑藍
え、えっと……
 あれよあれよという間に本家の使用人の方々に取り囲まれ、襖に囲まれた一室に押し込まれる。
 文様はあれがいい帯はこれが似合うとくちぐちに言いながら着物を選んでいた彼女らの手によって、わたしは、忙しなさに目を回している間にすっかり着替えさせられていた。
女中
とてもお似合いです
玉邑藍
玉邑藍
あ、わ……
 姿見に、自分の全身をうつした。
 白藍色の色留袖はどこか可憐で品がある。あっという間に結い上げられた髪型は、華やかなのに清楚さが保たれている。
玉邑藍
玉邑藍
(すごい……)
 お化粧もあいまって、すごく美人に見える。
 自分じゃないみたい、なんて、ありきたりかもしれないけど……そんな感想しか浮かばない。
女中
さあ、玉邑の一のお嬢様。広間に戻りましょう
女中
宴はまだ終わっておりませんよ
玉邑藍
玉邑藍
は、はい……
 にこにことしながらも、存外力の強い使用人の方々に背を押され、衣裳部屋を出る。
 そしてそのまま宴会場のある広間に、わたしは再び押し込まれたのだった。




玉邑翠
玉邑翠
あ、藍……!? どうして……
父親
その格好は……!? 着物はどうした?
 ――戻された宴会場。

 おそるおそる家族のもとに向かうと、いつの間にやら両親と翠は一箇所に固まっていて、ひとりの青年と話をしていたようだった。
 翠がこちらを見て目を剥いていることに居た堪れない気持ちになりつつ、その青年を横目で窺う。


 ――卓を挟んで両親と向かい合っているその青年は、さっき会ったばかりの美しい方だったのだ。
玉邑藍
玉邑藍
(やっぱりこの方って……もしかしなくても……)
美しい青年
美しい青年
着替えられたか
玉邑藍
玉邑藍
え!? は……はいっ。その、ご迷惑をおかけしました。
こんな素敵なお着物まで貸していたいて、なんと御礼を申し上げればいいのか
美しい青年
美しい青年
いや、構わない。……なかなか似合っている
玉邑藍
玉邑藍
っ!
 青年が――ほんの僅かだが、微笑んだ。
 ぶわ、と顔に熱が集まる。社交辞令で、他意はないとわかっているのに、面映ゆくて仕方ない。
母親
ま、まさか、藍……陵さまに着替えを用意していただいたの!?
父親
そ、そんな、御曹司さまになんて恐れ多い……
 事態を察した両親がおののいている。
 わたしも、半ばわかっていたとはいえ、少しだけ青ざめた。
玉邑藍
玉邑藍
(や、やっぱりこの方、御曹司の玉寺陵さまなんだ……!)
玉寺陵
玉寺陵
気にしなくて構いませんよ。ただ着替えを貸しただけです。
客人に恥をかかせれば本家の名折れだ
 けれど、当の本人はなんら気にしていない態度。
 さすが本家の御曹司ともなれば、懐が深い……。
玉邑翠
玉邑翠
藍……あんた……
玉邑藍
玉邑藍
み、翠……
 小さいけれど、地の底を這うようなこもった声。
 声の方を向けば、翠はギラギラと怒りが燃える目でこちらを睨んでいた。
 今すぐ出て行けと怒鳴りつけたいけれど、陵さまがいらっしゃるから、できないんだろう。わたしはますます居た堪れなくなる。
玉邑藍
玉邑藍
(違うの、わたし、本当はちゃんと帰るつもりで……)
 ――なんて。
 心で言い訳してみても、ちゃっかり戻ってきてしまった以上、なんの説得力もないか。
父親
その、娘が失礼いたしました。ご配慮、感謝いたします
 父がなんとか笑顔を作ってそう言う。
父親
翠は親の贔屓目なしにも優秀で、出来た子なのですが……双子の姉の藍はどうにも出来が悪くて
母親
翠は幼い頃から頭角を現していたのですよ」
父親
それに比べて藍は、いくら訓練しても力がつかないもので……
玉邑藍
玉邑藍
……っ
くちぐちに言い立てる両親に、わたしはうつむいた。

 こういうふうに、翠と比べられることは珍しいことではない。わたしが落ちこぼれであることも、割と知られていることだ。けれど、久しぶりに優しくしてくださった方に、自分の不出来さを赤裸々に語られるのは、ひどく恥ずかしかった。

陵さまの、お顔が見れない。
失望した目で見られるのが怖い。
玉邑藍
玉邑藍
(きっと、呆れられている……)
 そう思った時だった。
玉寺陵
玉寺陵
玉邑のご当主夫妻。お言葉だが、いくら娘とはいえ、そこまで貶めるものじゃない
玉邑藍
玉邑藍
(えっ……?)
玉寺陵
玉寺陵
翠嬢の優秀さは聞いている。けれど、藍嬢が出来損ないとは限らないのでは?
父親
は……?
母親
陵さま、どういう……
玉寺陵
玉寺陵
玉邑家の視察に赴いた時や、一門の修練場で何度か、見かけたことがあります。
彼女はよく努力していた。
 それに、どんな相手にも真心を持って丁寧に接しているのが見ていればわかる。
令嬢として育てられると、高慢になりがちだ。これはなかなかできないことですよ
父親
……
 両親と翠が、揃って絶句している。
 わたしも、ただぽかんと、目の前の美しい次期当主を見つめた。
玉邑藍
玉邑藍
(褒め、られた?)
 じわじわと、実感がわく。
 喜びが胸を満たしていく。
玉邑藍
玉邑藍
(陰の努力を、評価して下さった……!)
 うれしい。

 よかった。できなくても、才能がなくても、努力を続けていてよかった。
 認めてくれる人が一人いた。それが、うれしい。
父親
……そ、れは。不出来な娘に過分な評価を……
 両親の取り繕ったような返答に気づいているのかいないのか、陵さまは静かに「大袈裟だ」と手を振った。
玉寺陵
玉寺陵
私は思ったことを言ったまで……、

……
父親
……御曹司さま?
 わたしに視線を向けたところで、陵さまはふと動きを止めた。

 そしてゆっくりと、眉を寄せる。

 刻まれた眉間の皺と、鋭くなっていく視線に戸惑っていると、――唐突に、彼はわたしに向かって口を開いた。


 そして、固い声で、わたしの名を呼ぶ。


玉寺陵
玉寺陵
玉邑藍
玉邑藍
玉邑藍
は、はいっ
玉寺陵
玉寺陵
……こんなところで済む話ではないな。
君と話したいことがある。後日、本邸を訪れるように

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