第13話

第十三話 玉寺本邸
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2023/12/23 07:58
玉邑藍
玉邑藍
……陵さん?
玉寺陵
玉寺陵
無事だったか……いや、無事ではないか。
とにかく、怪我はないようでよかった。来るのが遅くなって悪かったな
玉邑藍
玉邑藍
どうして……
お母様の放った霊力を弾いたのは、なんと陵さんだった。ここまで相当急いで来たのか、息も髪も乱れている。
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【何を出しゃばるか小童。わらわだけで十分なところを】
玉寺陵
玉寺陵
うるさい。彼女がここまで衰弱しているのを放置していた貴様に何を言われる筋合いもない
櫻蘭姫
櫻蘭姫
【この愚かな小娘が、いつまでも無意味なことに拘ってうじうじとしているから悪いのだろうが】
櫻蘭姫と言い合いをする陵さんを、ぼんやりと見つめる。
 彼は櫻蘭姫を見て忌々しそうに舌を打つと、呆然としているわたしを見た。
玉寺陵
玉寺陵
四日くらいか?連絡が全く取れなくなった上に、高校にも行っていないようだったから、
何か異変があったのかと思って探していたんだ。
――ご家族は君の居場所を尋ねても、知らぬ存ぜぬ、
どこぞに家出でもしているんじゃないのかの一点張りだったからな。
玉寺陵
玉寺陵
そんなはずあるかと思って、玉邑家のあたりによく来ていたんだが……
ちょうど異音がしたから、飛び込んできたというわけだ
鋭く睨みつけられたお母様とお父様が蒼白になる。異音というのはわたしが座敷牢を破った音だろう。
玉寺陵
玉寺陵
もっと早くに見つけてやれず、悪かった
玉邑藍
玉邑藍
……いえ……
痛ましそうに眉を下げた彼に、あわててかぶりを振る。
玉邑藍
玉邑藍
(彼は本当に、わたしを心配してくれたんだ……婚約者とはいっても、偽装なのに)
それが、嬉しい。
胸にじわりとあたたかい何かが染み渡るようだ。
 
 ……陵さんはわたしの手を取ると、肩を抱いて引き寄せ、両親を再び睨みつける。近くなった体温にどぎまぎしていると、彼は低い声で言った。
玉寺陵
玉寺陵
……よくも俺の婚約者にここまでの仕打ちをしてくれたな、玉邑家当主
父親
こ、こ、これは、躾の範疇で、
玉寺陵
玉寺陵
――離れに偽装した座敷牢に監禁し、ろくに食事を与えないことが躾か? 笑わせるな
陵さんが鼻で笑う。
聞いたこともない冷たい声音に、蔑んだような冷たい視線だ。
玉寺陵
玉寺陵
今後、玉邑家は分家の筆頭から外すこととする。
当主夫妻はしばらくの間、謹慎だ。追って、当主から正式に処分があるだろう
父親
そ、そんな……お待ちください!
玉邑藍
玉邑藍
――お母様、お父様。……いいえ、玉邑夫妻
わたしは、青ざめるを通り越して顔を土気色に染めた両親に向き直る。
 そして、はっきりと告げた。
 

玉邑藍
玉邑藍
もう、二度とわたしは玉邑家に帰ることはないでしょう。今まで、お世話になりました

 ――こんなことがあったのだ。

 わたしたちはもうきっと、家族ではいられない。
 たとえこの偽りの婚約が破棄され、彼の婚約者でいられなくなったとしても、わたしは家には戻らない。戻れない。
玉邑藍
玉邑藍
わっ
玉寺陵
玉寺陵
……行こう、藍
 歩くのも辛いだろう、と、横抱きにされる。
 そのまま歩き出されて、ぼわっと顔に熱が集まる。
玉邑藍
玉邑藍
り、陵さん……
玉寺陵
玉寺陵
大丈夫だ、君は一人じゃない。……その、俺がいる。
あと櫻蘭姫も
玉邑藍
玉邑藍
……はい
陵さんの肩越しに立ち尽くす両親を見て、唇を噛む。言葉にできない感情が胸に渦巻いて、わたしは彼の肩に額をこすりつけた。

――ひとりぼっちじゃない。

 今はそれだけが救いだった。





 *






女中
おはようございます。藍さま、お身体の調子はいかがですか?
玉邑藍
玉邑藍
ありがとう、大丈夫です
女中
おぐしを梳かしますね
 布団から起き上がると、寝衣のまま髪を整えてもらう。お礼を言うと、女中さんはいいえ、と首を振った。



 
 ――監禁事件があってから。
 わたしは、玉寺本邸で生活するようになっていた。
 どうやら陵さんがお姉様である葉月さまに話を通してくれたらしい。

 ……監禁から逃げ出してしばらくのうちは体調を崩しがちだったけれど、本邸で暮らすうちに身体の調子は戻った。使用人の方々とも仲良くなれたし、陵さんもよくお見舞いにきてくれた。

 今はだいぶ、元気になっている。落ち込んでいた気持ちも、上向いてきたところだ。
……まあ、いまだに病人のような生活をしてはいるのだけど。
玉邑藍
玉邑藍
そろそろ学校にも行けるかな……)
もう、一週間以上休んでしまっている。翠と違って友達が多い方ではないけれど、心配してくれている子もいるだろう。
玉邑藍
玉邑藍
(……翠は、わたしが家を出たこと、どう思ってるんだろう)
翠はわたしが監禁されていることを知らないようだった。
とはいえ、わたしは翠に嫌われていたから、今頃清々しているかもしれない。
玉寺陵
玉寺陵
起きているか? 入るぞ
玉邑藍
玉邑藍
あ、はい、どうぞ。おはようございます、陵さん
玉寺陵
玉寺陵
おはよう。……朝食に玉子粥を持ってきたが、食べられるか?
玉邑藍
玉邑藍
えっ!?
驚いて目を見張る。
 確かに、襖を開けて入ってきた彼の手にはお粥があった。
 ……でもまさか、本家の次期当主ともあろう人が、給仕を?
そんなことって……。
玉寺陵
玉寺陵
……もしかしてまだ食欲がないか?
玉邑藍
玉邑藍
い、いえ、そういうわけでは
玉寺陵
玉寺陵
身体がだるいなら食べさせてやろうか?
玉邑藍
玉邑藍
食べ!? い、いえいえいえ! 食べます! 普通に食べられます
 あたふたしていると、彼が僅かに眉尻を下げてそう言ったので、ブンブン首を振った。
 どこかほっとしたように「ならいい」と言った彼から器を受け取って、布団の中でお粥を食べる。……じっと見られて、いたたまれない。

 そして、ひとくち食べてみて。
玉邑藍
玉邑藍
(……あれ? いつも、本邸の料理人さんが作ってくれるお粥と味が少し違う)
塩辛い、ような気がする。

 ちょっと首を傾げると、わたしの様子の変化に気がついたのか、どこか気まずそうな顔をした陵さんが口を開いた。
玉寺陵
玉寺陵
……悪い、少し塩加減を間違えたかもしれない
玉邑藍
玉邑藍
え? 塩加減、って……
ということは、まさか。
 これを作ったのって……。
次期当主になんてことをさせてしまったのか、という気持ちと、嬉しい、という気持ちが胸の中でぐちゃぐちゃになる。
玉邑藍
玉邑藍
(う、うそでしょ……! わたしのために!?)
玉邑藍
玉邑藍
ありがとう、ございます……。とても美味しいです。
 あの、明日からは、わたしもご飯の用意を手伝いますね。
皆さんのおかげで元気になりましたから
玉寺陵
玉寺陵
よかった。食事についても、やりたいようにしていいが、無理はするなよ
玉邑藍
玉邑藍
……はい
わからない。

彼は、どうしてこんなによくしてくれるんだろう。

わたしが櫻蘭姫の契約者だから? 類まれな霊力を持っているから大切にしてくれている?
 それとも、「来るのが遅くなって悪かった」と思ってるから、優しくしてくれるの?

 ……彼は決して遅くなんてなかった。
そもそもわたしは、わざわざ助けにきてくれたという事実だけで嬉しいのに。
玉邑藍
玉邑藍
(好きになったら、どうしよう……)
こんなに優しくされたのははじめてだ。
 いつわりの婚約者なのに。そのうち婚約破棄をするのに。……好きになったら辛いだけなのに。
玉寺陵
玉寺陵
食べ終わったか? じゃあこの器は下げてくる。
だいぶ本調子に戻ってるようだが、今日は休めよ
玉邑藍
玉邑藍
はい……
ふわりと頭を撫でられて、ぼんやりと返事をする。
彼はあまり変化しない表情に、かすかな笑みを載せて、そのまま去っていった。
玉邑藍
玉邑藍
……っ
好きになったらどうしよう、だなんて。

――彼の笑顔を目にするだけで、こんなに胸が高鳴るあたり、わたしはもう、とっくに手遅れなのかもしれなかった。

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