第8話

行方
50
2019/10/19 06:16
先生の好きな人は私に似ている。
喜んでいいのかわからない。
でも、先生はその人が好きなのであって、私を透かしてその人を見てる。
どっちにしたって無謀なことだ。
それからは半分夢を見ているような感覚で残りの学校生活をしのいだ。
先生と2人で話すことはそれきりなかった。
それでも、好きだという気持ちは水溜まりのようにいつまでもそこに居座っていた。乾くどころかどんどん大きくなってこのままじゃ呑み込まれそうだった。私がいなくなるような恐怖。
9月も、10月も、11月も、12月も、1月もぼんやり過ぎていった。
それを紛らわすためにも適当に受験勉強に励んだ。
2月の入試、手応えはまずまずだった。
翌日、合否が出た。割と余裕ぽく合格だった。なんだか私らしい結果だ。
最後の方でレベルを少しあげて背伸びした学校。そういえば向田先生の母校らしい。
報告のために私は学校へ行って、職員室のドアをノックしようとした。
と、不意にドアが開いた。
「…先生」
「あ、間宮」
「…受かりました」
「そうか、おめでとう」
さほど驚いた様子でもなかった。
「お前らしい結果だと思ったよ」
どの辺が、とは言わなかった。言わなかったけど、なんとなく感じてることは一緒だったんだと思う。
「…先生の、母校なんですよね」
「うん…」
少しの沈黙。
「…ピンクの部屋、行こうか」
「はい」
部屋に入って、椅子に腰かける。
「本当におめでとう、間宮」
「…先生」
「ん?」
「笑わないで聞いてくれますか」
こうなりゃヤケだ。このまま壊れる前に全部言ってしまおう。このまま溜め続けたら私の心はぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。
「私、世界が嫌いです。こんなつまんない世界なんか消えればいいって思ってます。でも、先生に恋したんです。私どうすればいいですか」
「…」
丸メガネに負けないくらい目を丸くして先生は言葉を失っていた。
「…本気か?」
「冗談でこんなこと言えるなら私はもっと明るい人間になってます」
「…」
困ったように笑う。
「…なんて言ったらいいのかな。俺はお前を、昔の恋人に重ねてた。それは確かにそう。でもあの秋の日から確かに俺はお前を見ていた。立場上許されないことなんだけど…」
「それなら待ちます。いくらでも待ちます。私が大人になるまで」
「…そんな必死な顔、しないでくれよ」
また困ったように笑って先生は私の髪を撫でた。いつからか切るのを忘れてすっかり肩につくくらい長くなっていた。
「ありがとう」
それでも返事は聞かせてくれなかった。

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