第3話

心の雨
71
2019/10/13 01:56
「…何か嫌なことがあったのか、俺じゃ力になれないかもしれないけど何かあったなら…」
「特になんでもありません」
「じゃあどうして…」
「私1人いなくなったって、何も変わらないじゃないですか」
しまったと思った。なんでこんなこと馬鹿正直に言ってしまったのか。後悔してももう遅い。どうせいじめとか家庭環境の乱れとか勝手な推測つけられてカウンセリングに引っ張っていかれるに決まってる。もしくは警察に電話か。親に電話か。
でも先生は、大真面目な顔して黙り込んだ。少しの間を置いて、先生は口を開いた。
「いいか、間宮亜衣子。お前が本当に望むことなら俺が止めるべきことじゃない。でも、職業柄俺は止めなくちゃならない。これでもまだお前が飛びたいと言うなら、それは俺の止めようがない。お前の人生だからお前が選んでくれ」
その言葉で人生観180度変わりましたとかそんなアホなことがあったわけじゃない。でも、「私」の人生は「私」で決めるっていう、当たり前の言葉がなんだか心地よかった。
「…もうなんでも良くなりました。やめときます」
「そうか…よかった。やっぱり、生きてるに越したことはないよ」
先生の丸いメガネの奥の目がきゅっと細くなった。少しだけ心が弾んだ。
「体びしょびしょだな。すぐ家に帰った方がいいよ。お家の方も心配するだろうしな」
「家帰っても今晩遅くまで誰もいないので帰りたくないです」
「それでも風呂はいって着替えなきゃ」
「…」
誰かと一緒にいたいだなんて思ったのはいつぶりだろうか。素直に帰る気にはなれなかった。
そんな私を見かねたのか、先生は笑って言った。
「じゃあ、風呂はいったら換えの制服かジャージに着替えて学校に来なさい。俺は今日特に用はないから最終下校時刻までなら話聞かせてもらう」
聞いてあげる、じゃなくて、聞かせてもらう。
先生の細かな言葉の選び方が優しくて好きだと思った。
まだ土砂降りだけれど私の心の雨は少しだけ弱まった、気がする。
それは夏と秋の隙間のある涼しい日だった。

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