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若様が人間の娘を拾ってから数日が経過した。未だに目を覚まさない娘の世話は、リリア様がほとんど行っている。
若様は眠っている娘の健康状態が気になるのか、近頃は落ち着かない様子。
一人で若様達の帰りを待っている間、何をしようかと考えていると、寮生が居ない部屋から微かに物音が聞こえ「何奴っ!」と音がした部屋の扉を開ける。
そこは、あの人間の娘が寝ている部屋だった。
部屋のベッドの上には、寝ていた筈の娘が目を開いて静かに座っていた。リリア様が魔法で着せたというワンピース風の白いパジャマと色素の薄い髪が、窓から入ってくる夕日の光に照らされてキラキラと光っている。
澄んだ空色の瞳に危うく捕らわれそうになるが、僕は首を軽く横に振った。
儚げな見た目とは裏腹に、娘の声は低く凛としていた。それだけでは無い。
若干掠れ気味な声音は、不思議と耳にするだけで落ち着く。
娘は自分の着ているワンピースの裾を軽く掴み上げた。リリア様は何か察したのか「安心せい。何も見てはおらん。魔法でちょちょいのちょいじゃ」と言い、右手の人差し指で空中に軽く円を描いた。
僕が説明すると、娘は「なのに助けてくれたとは……」と俯き、リリア様が「あぁ。そこに居るマレウスがな」と笑った。
部屋の外にはいつの間にか若様がおり、つい「若様!?」と声を上げて驚いてしまう。
娘の座っている位置からでは、部屋の外にいる若様の姿を拝むのは無理だ。
若様の名前を聞くだけでも震え上がり、姿をご覧になれば怖がる者も大半。娘に姿を見せないのは、若様なりの配慮だとリリア様が以前仰っていた。
しかし、娘はベッドから降りると、僕とリリア様の間を抜けて部屋から顔を出すものだから、若様は娘を見て目を見開いた。
若様が言うと、娘は「構わないよ」と言って頷いた。談話室で話をするにしても、寮生の目がある。
なので、リリア様も付き添ってこのまま娘が寝ていた部屋で話を聞くことになった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!