第5話

四話 目覚め セベク視点
1,998
2022/01/08 18:18
   *   *   *

若様が人間の娘を拾ってから数日が経過した。未だに目を覚まさない娘の世話は、リリア様がほとんど行っている。
若様は眠っている娘の健康状態が気になるのか、近頃は落ち着かない様子。
セベク・ジグボルト
セベク・ジグボルト
(学校が終わり、部活も無いので真っ直ぐ寮へと帰ったが……若様はいらっしゃらないのか。シルバーも居ないな。
リリア様は軽音部の活動があるので帰りは遅くなると言っていたし)
一人で若様達の帰りを待っている間、何をしようかと考えていると、寮生が居ない部屋から微かに物音が聞こえ「何奴っ!」と音がした部屋の扉を開ける。
そこは、あの人間の娘が寝ている部屋だった。
セベク・ジグボルト
セベク・ジグボルト
!貴様……
部屋のベッドの上には、寝ていた筈の娘が目を開いて静かに座っていた。リリア様が魔法で着せたというワンピース風の白いパジャマと色素の薄い髪が、窓から入ってくる夕日の光に照らされてキラキラと光っている。
澄んだ空色の瞳に危うく捕らわれそうになるが、僕は首を軽く横に振った。
セベク・ジグボルト
セベク・ジグボルト
(いやいや!シャキッとするんだ。
娘が目を覚ましたのなら、何かしでかさないか見張り、若様達が帰って来た際に報告をせねば!)
あなた
あなた
すまないが、君。此処は何処だ
儚げな見た目とは裏腹に、娘の声は低く凛としていた。それだけでは無い。
若干掠れ気味な声音は、不思議と耳にするだけで落ち着く。
セベク・ジグボルト
セベク・ジグボルト
僕の名はセベク・ジグボルトだ。
ここはナイトレイブンカレッジのディアソムニア寮の一室。ディアソムニア寮の寮長にして心優しいマレウス様が、傷だらけで屋根の上で倒れている貴様を助けて下さったのだ。貴様が目覚めぬ数日間、リリア様がお前の存在を学園長にバレないよう世話して下さった!
本来ならば、人間の娘があの御二方の手を煩わせるなどあってはならない!
面倒を見てくれた若様とリリア様に感謝するんだな
あなた
あなた
随分と活気の良い青年だ。
どうやら眠っている間、大変世話になったみたいだな。素直に礼を言おう
セベク・ジグボルト
セベク・ジグボルト
お礼は僕にではなくリリア様達に……!
リリア・ヴァンルージュ
リリア・ヴァンルージュ
わしがどうかしたか
セベク・ジグボルト
セベク・ジグボルト
り、リリア様!?
部活で帰りが遅くなるのでは……
リリア・ヴァンルージュ
リリア・ヴァンルージュ
何もすることがないから早々に解散したぞ
セベク・ジグボルト
セベク・ジグボルト
そ、そうでしたか
リリア・ヴァンルージュ
リリア・ヴァンルージュ
しかし、ようやく目を覚ましたか。
全く起きないからこのまま永遠の眠りにでもつくかと思わなんだ
あなた
あなた
貴殿がリリア殿か?
数日間世話をしてくれたこと感謝する。
もしや、この服も?
娘は自分の着ているワンピースの裾を軽く掴み上げた。リリア様は何か察したのか「安心せい。何も見てはおらん。魔法でちょちょいのちょいじゃ」と言い、右手の人差し指で空中に軽く円を描いた。
リリア・ヴァンルージュ
リリア・ヴァンルージュ
おぬしの服なら、洗濯して預かっておる。高価そうな衣装だったからのう。
魔法で丁寧に洗っておいたぞ
あなた
あなた
そこまでしてくれたとは、至れり尽くせりだな。しかし、ここでは魔法は当たり前に存在しているのか
セベク・ジグボルト
セベク・ジグボルト
当然だ。魔力を持つ者持たない者が共存するツイステッドワンダーランドの中でも、ここナイトレイブンカレッジは名門魔法士養成学校。魔力を持たない人間はまず入れない。加えて男子校。
人間の娘が寮に居るだけでも本来ならば問題だ
僕が説明すると、娘は「なのに助けてくれたとは……」と俯き、リリア様が「あぁ。そこに居るマレウスがな」と笑った。
部屋の外にはいつの間にか若様がおり、つい「若様!?」と声を上げて驚いてしまう。
娘の座っている位置からでは、部屋の外にいる若様の姿を拝むのは無理だ。
マレウス・ドラコニア
マレウス・ドラコニア
目が覚めたか。お前の傍に落ちていた剣もリリアが預かっている
リリア・ヴァンルージュ
リリア・ヴァンルージュ
マレウスよ。せめて顔ぐらいは出してやらんか。おぬしの“言い分”も分からなくはないが
若様の名前を聞くだけでも震え上がり、姿をご覧になれば怖がる者も大半。娘に姿を見せないのは、若様なりの配慮だとリリア様が以前仰っていた。
しかし、娘はベッドから降りると、僕とリリア様の間を抜けて部屋から顔を出すものだから、若様は娘を見て目を見開いた。
あなた
あなた
角……?貴方がマレウス殿か?
セベク・ジグボルト
セベク・ジグボルト
貴様、若様の配慮を無駄にする気か!
あなた
あなた
配慮?すまんな。“こちら”については無知なもので。助けてくれたと言う恩人の顔を見ては行けなかったか
リリア・ヴァンルージュ
リリア・ヴァンルージュ
おぬし、マレウス・ドラコニアを知らぬのか?
あなた
あなた
残念ながら存じ上げない。どうやら、私は“異世界”に来てしまったらしいからな
マレウス・ドラコニア
マレウス・ドラコニア
何……?
あなた
あなた
貴殿がこの世界でどんな存在かは知らないが、貴殿を恐れる者がいるとすれば、同時に慕う者もいる。そこに居るセベク青年も貴殿を慕っているようだし
セベク・ジグボルト
セベク・ジグボルト
当然だ。若様は妖精族の末裔にして、茨の谷の時期国王!世界でも屈指の魔法力を持つ偉大なるお方だぞ!
あなた
あなた
高貴なお方に助けて頂けて私も運が良い。これ以上お世話になるのもなんだし、元の世界に帰りたいが……帰り方を知らないかい?
リリア・ヴァンルージュ
リリア・ヴァンルージュ
残念だが、現時点では分からぬ
マレウス・ドラコニア
マレウス・ドラコニア
異世界から来た、か。世話をした代わりとはなんだが、その話を詳しく聞かせてくれ
若様が言うと、娘は「構わないよ」と言って頷いた。談話室で話をするにしても、寮生の目がある。
なので、リリア様も付き添ってこのまま娘が寝ていた部屋で話を聞くことになった。

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