・
がたり、電車が揺れた。
俺は涙で腫れた目を擦って、ゆっくりと窓の外を見る。
暗い景色ばかりが通り過ぎてゆき、そこに俺が夢見た彼女の姿はない。
「…よかったのか、こんな結末で。」
そんな言葉が頭を過る。
彼女は「連れて行ってくれ」と嘆いていたくらいなんだから、その要望に応えてやればよかったじゃないか。
頭を振って、そんな思考を消す。
彼女には幸せになってもらいたいのだ。どうしても、だ。
「…杏が死んだら、ぜってぇ真葛供えてやろ。」
どうせ、無理だが。
ゆっくりと、ゆっくりと、死者を包むこむように速度が落ちる
それと同時にゆっくりと溜まっていた涙が零れて、あふれて、電車のシートに染込んだ。
ドアが開くと、一人の青年は駅へ降り立つために席を立った。
喧騒も何もない、静かな駅。青年は臆することなく開いたドアへ進んでいく。
がたん、音が静かに響いた。
青年がドアを通ると、青年の顔つきが一瞬にして変わってしまう。
幼くて、寂し気なその表情には影があるように見える。
「杏、じゃあな。」
その声を駅の中に残響として遺し、青年は駅に吹いた冷たくて生暖かい風に溶けるように沈んでいった。
ばいばい、さようなら。
はやくここに来るなんてことあったら、ゆるさないから。
・
逝ってらっしゃいませ、おやすみなさい。
車長は掠れてしまった声でそうつぶやく。
彼の背中はとても寂しげだった。おそらく、何かしらの未練があったのだろう。
白の手袋を丁寧に外すと、手を合わせてゆっくりと俯いた。
彼の願いが叶わないなんてことがありませんように。
fin.
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。