紅狼は自分の懐から、花の刺繍が
施された白いハンカチを取り出す。
(あれ? このハンカチ……。
見覚えがある、どうして?)
紅狼は私のベッドの縁に腰かけて、
ふっと懐かしむように微笑む。
(優しい顔……)
それになぜだか、胸がきゅっと
締めつけられた。
その話を聞いていたら、
ずっと忘れていた記憶が甦る。
──5年前。
私は教会の前の森で、
一匹のオオカミを見つけた。
銃で足を撃たれていて、お気に入りの
ハンカチで止血して……。
元気になるまで、こっそり教会の
自室で看病をしたんだっけ。
近づくと怯えているのに威嚇してきて、
私の腕の中で弱っていたオオカミ……。
私は再会できたのが嬉しくて、
紅狼の手を握る。
紅狼は私に額を重ねて、ふっと微笑む。
私と紅狼の声が重なる。
命を救われて、いい人外もいることを知った。
紅狼は私の手をきゅっと握る。
紅狼は慈しむように、私の頬を
指先でなぞる。
紅狼の顔がずいっと近づき、
私は横になったまま目を見張る。
心臓が大きく跳ねる。
ひとつため息をついた紅狼は、
私の髪を掻き上げると──。
露わになった私の首筋を
紅狼は強く吸った。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。