第8話

記憶の中の宝物
7,807
2020/01/23 04:09
宮野 まりあ
宮野 まりあ
紅狼、私は前にあなたに会った
ことがあるの?
一夜紅狼
一夜紅狼
……これを見てくれ
紅狼は自分の懐から、花の刺繍が
施された白いハンカチを取り出す。

(あれ? このハンカチ……。
見覚えがある、どうして?)
一夜紅狼
一夜紅狼
俺がまだ10歳くらい
だったときの話だ
紅狼は私のベッドの縁に腰かけて、
ふっと懐かしむように微笑む。

(優しい顔……)

それになぜだか、胸がきゅっと
締めつけられた。
一夜紅狼
一夜紅狼
ハンターに襲われて、
森で力尽きたことがあってな
宮野 まりあ
宮野 まりあ
撃たれたの?
一夜紅狼
一夜紅狼
そうだ。そんな俺を恐れずに、
このハンカチで手当てしてくれた
のがお前だ、まりあ
その話を聞いていたら、
ずっと忘れていた記憶が甦る。

──5年前。

私は教会の前の森で、
一匹のオオカミを見つけた。

銃で足を撃たれていて、お気に入りの
ハンカチで止血して……。

元気になるまで、こっそり教会の
自室で看病をしたんだっけ。
宮野 まりあ
宮野 まりあ
まさか、あのときのオオカミが
紅狼?
近づくと怯えているのに威嚇してきて、
私の腕の中で弱っていたオオカミ……。
一夜紅狼
一夜紅狼
思い出してくれたのか。
俺はお前に助けられた
宮野 まりあ
宮野 まりあ
そんな、こんなことって……。
元気でいてくれて、本当によかった
私は再会できたのが嬉しくて、
紅狼の手を握る。
宮野 まりあ
宮野 まりあ
あなたを看病しながら、
元気になってって、ずっと
願ってたの
一夜紅狼
一夜紅狼
覚えている。
俺を心配して、泣いてくれたことも
紅狼は私に額を重ねて、ふっと微笑む。
一夜紅狼
一夜紅狼
お前に出会うまで、
俺も人間とは相容れないと
思っていた
宮野 まりあ
宮野 まりあ
私も、紅狼に助けられるまで、
人外は恐ろしいものだって、
思ってたよ
一夜紅狼
一夜紅狼
でも
宮野 まりあ
宮野 まりあ
でも
私と紅狼の声が重なる。

命を救われて、いい人外もいることを知った。
宮野 まりあ
宮野 まりあ
人外とも分かり合えるかも
しれないって思った
一夜紅狼
一夜紅狼
これは個人的な意見だが、
オオカミが人の姿を持つように
なったのは……
紅狼は私の手をきゅっと握る。
一夜紅狼
一夜紅狼
オオカミ一族と人が、
手を取り合って生きる未来を
先祖が望んだからだと思っている
宮野 まりあ
宮野 まりあ
オオカミ一族と人間が?
一夜紅狼
一夜紅狼
学校に会社。俺はオオカミ
一族の皆には人間社会で生きる
道も開いてやりたいと思っている
宮野 まりあ
宮野 まりあ
それ、素敵な考えだと思う
一夜紅狼
一夜紅狼
お前に認めてもらえるのは、
嬉しい
紅狼は慈しむように、私の頬を
指先でなぞる。
一夜紅狼
一夜紅狼
俺のように人間に
恋をしたとき、種族が違うからと
結ばれないのは苦しいからな
宮野 まりあ
宮野 まりあ
こ、恋って……
一夜紅狼
一夜紅狼
忘れたのか、俺の告白を。
なら、もう一度告げよう
紅狼の顔がずいっと近づき、
私は横になったまま目を見張る。
一夜紅狼
一夜紅狼
好きだ、まりあ
心臓が大きく跳ねる。
一夜紅狼
一夜紅狼
5年前から、ずっとお前だけを
想っていた
宮野 まりあ
宮野 まりあ
……っ、手当てしただけなのに?
一夜紅狼
一夜紅狼
命の恩人だぞ。
だけ、などと過小評価だ
ひとつため息をついた紅狼は、
私の髪を掻き上げると──。
一夜紅狼
一夜紅狼
言葉だけで伝わらないなら、
身体に教え込んでやる
露わになった私の首筋を
紅狼は強く吸った。

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