ダンス部の練習が終わった放課後、ナインは「ほたる退院祝いパーティー」に招かれた。場所は高校近くのファーストフード店。安いジュースとハンバーガーが食べられる全国展開のチェーン店だ。
こんな店に入るのは初めてだったナインは注文に手惑い、呆れて笑うダンス部員達に教わりながら、どうにか炭酸飲料とハンバーガーを手に入れた。
笑ってごまかすナインの横で、レイジが意地悪く口の端をつりあげた。
病院にいた時とは一転、レイジの口調はいつものふざけた感じに戻っていた。
もちろん、レイジの家族はこの時代にはいない。全部作り話だ。そうわかってしまうと“架空のお姉さん”の話をする彼がとてつもなく滑稽に見えてしまうが、ナインは笑わなかった。
ナインの歴史を調査する仕事はすでに、半分以上終わっていた。この時代で行う仕事が少なくなるにつれ、どうにか滞在期間を伸ばせないか、そんな想いが強くなってくる。
空は広くて、自然に流れる川もある。本物の土に根を張る草木。歩いていると、風が頬をくすぐる。栄養補給剤ではない、味のする食べ物の数々。
さまざまな時代へ遡ってきたナインではあったが、こんなに思い入れの強い時代は初めてだった。どうしてだろう。
向かい側の席で、笑うきみ。健康そのものにしか見えないよ。
簡単なことだ。ちょっと、未来に戻って薬を取ってくるだけ。全然、難しいことじゃない。
タイムトラベラーとしての誇りを失ってしまう。
ナインはシャッターを切るように、目の前で笑う少女を見つめていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。