いつもと変わらぬ東京駅。AIによるアナウンスが流れ、タイムマシンの整備士や会社の事務員らが、ホールを行き交う。
タイムトラベラーNo.9。通称ナインはアンドロイドも驚くほどの正確さで仕事をする人物だ。会議には遅刻せず、いつも決まった時間に出社し、決まった時間に退社する。彼を妬む者の中には、陰で「人間ロボット」と呼ぶ者もいるが、その顔の良さゆえ大半の女性は彼を遠巻きに眺めては黄色い歓声を上げる。
最近の彼は以前と変わったともっぱらの噂だ。仕事ばかりで人と関ろうとはしなかったのに、コミュニケーションをとろうと自分から話しかけるようになったのだ。
ナインが女性社員の顔色をよく見ようと、顎に手をかけると、彼女は悲鳴を上げ失神してしまった。「おい、レスキューアンドロイドを呼べ!」と遠くから声が聞こえる。
やっぱり自分には難しいようだ。ナインはそう思った。今まで人との関わりをどれだけ持ってこなかったか。身をもって思い知らされている。もっと、円滑にコミュニケーションがとれればいいのに。例えばそう、遥か遠い昔に出会った眩しい少女のように。
ナインが2019年から帰ってきてからずっと考えてきたことがある。あれから数ヶ月経ったが、まだ謎は解けないままだ。
2200年になんて生きているはずはないのだ。たとえ、病気でなかったとしても。一応、この時代の図書館に行って彼女の名前を探してみたが、どこにも見当たらなかった。歴史上に残る人物ではなかったのだ。
東京駅の時計台が鳴った。誰かがタイムトラベルをしたのだ。見送ろうとゲートに近づくと、妙な既視感を覚えた。
時計台で踊るブリキの人形。いつの時代にできた物かもわからず今にも壊れそうだ。あんな薄汚れた時計台は壊してしまおうという意見もある中、ずっと残り続けている。
聞き覚えのあるメロディ。きっと、百数年の間、その時代その時代に合わせて曲調をアレンジしてきたのだろう。元々の曲とは少し違っていた。
しかし、ブリキ人形が踊っているダンスはそのままだった。何十回も、ナインが見てきたダンスだった。振り付けはこうしよう、フォーメーションはこうしよう、とほたる達が練りに練ったダンスがそのまま踊られていた。
アンドロイドや人の行き交う駅の真ん中で、膝から崩れ落ちて泣いている1人の青年を、皆は遠巻きに眺めていた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。