10時を告げる東京駅の鐘が鳴った。
ベンチから腰を上げ、スーツの男は黒い手袋をはめた。
無機質なアンドロイドがホールを行き来する中、男はまっすぐにゲートへと向かう。
AIによる生体認証を通過し、タイムトラベラーNo.9、通称“ナイン”は時計台の下に立った。
片手を上げて、ナインはにっこりと微笑んだ。本人は自覚していないことだが、この微笑みで幾人もの女性が小さな悲鳴を上げてきた。しかし、AIはAIであるがゆえ、彼のプリンス的スマイルをものともしない。
時計台が音を立てて動きだす。壁も床も白い中、この時計台だけクラシカルな雰囲気を残している。
かつては赤レンガの外観をしていた東京駅。今ではすっかり様変わりしていた。タイムトラベルの発着地点となっている東京駅は、部外者の侵入防止やクリーンな状態を保つ目的のため、壁や床、天井までも白色で統一されていた。高セキュリティシステムを売りにしている会社の設備が、全て白色で塗られているせいだ。
東京駅は世界でも指折りの防犯設備で守られている場所だった。
時計台の人形がぎこちない動きで踊る。そしてオルゴールの音楽。ここでしか聴いたことのないメロディだが、どこか懐かしい気持ちになる。
AIの言葉を最後に、ナインは光の渦に包まれていった。
突然、真っ黒な姿をした鳥に襲われたナインだったが、どこかから駆けつけてきた女の子がバッグを振り回して追い払ってくれた。
突然現れた女の子の手を振り払えず、ナインは久しく踏んでいなかった土の地面を走った。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!