ほたるの家には誰もいなかった。家が広いだけあって、なんとも静かだ。
2階にある彼女の部屋まで連れて行きベッドに寝かせると、薬を探した。
掃除がよく行き届いた家だ。洗濯物が散らかっていたり、新聞紙が無造作に置いてあったりすることもなく、モデルハウスのように整頓されている。
本当にここに家族で住んでいるのだろうか。ほたるの家は不自然なほど、綺麗だった。
さきほど目にした薬。もしかしたら、この時代では不治の病と呼ばれる病気の薬かもしれない。医療に関しては詳しくはないが、過去の時代の流行病や治りにくいとされる病気に関しては授業で教わった。こういった病はのちのち特効薬ができ、ナインの住む2200年では簡単に治る病気になっているのだ。
水を汲んだグラスを持って2階に上がり、思うように動けないほたるの背に腕を回して上体を起こす。うつろな目をしている彼女の代わりに薬を袋から出すと、無言で口を開けるので舌の上にのせてあげた。
これではまるで介護だ。体調がこんな状態なのに、あんなに踊れたなんて。彼女の体は一体、どうなっているのだろう。
大丈夫なわけあるか。そう言いたいのをぐっとこらえた。自分はこの時代の人間ではない。彼女の心配をできるのは、この時代に生きる人達だ。
それでもなぜだか、あたたかい気持ちが体の中に充満している。久しぶりに人間に触れたせいだろうか。2200年では、主に人工知能と会話し、職場の同僚との会議もモニター越し。仕事一筋のナインには恋人がいなかった。
過去の時代なんて未来に生きる自分からしたら時代遅れの歴史の一部でしかないと思ってはいたが、どうやら良い側面もあるみたいだ。
たとえばそう、人の温もりとか。
ああ、そうか。自分のした質問の意味を反芻し、ナインは赤面した。ベッドの上に女の子と2人っきり。そういう意味に捉えられてもおかしくはない。
忘れ物をしたとかなんとか言って一旦未来に戻る。そして、備品庫から薬を持ってきてこの時代に戻る。簡単なことだ。もしバレたら懲戒免職で、裁判にかけられるかもしれないけど、きっと大した罪にはならない。だって、彼女は歴史上に名を残した重要人物なんかじゃなく、数多の名もなき大衆の一人にすぎないのだから。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。