息をするのが、苦しい。
時々足がもつれて、転びそうになる。
…止まって休みたい。
でも、そう思う以上に。
『彼の元へ行かなくては』と言う思いが、私を走らせる。
家の前に着くなり、キーケースから合鍵を取り出して。
慌ただしくドアを開け。
靴を揃える事もせずに、彼の部屋に急ぐ。
梨央の両親の靴はまだ無かったから、
大方仕事中なのだと思う。
ノックする事も忘れて、部屋に飛び込み。
彼に抱き着くと、心底驚いた様子だった物の。
優しく、抱き締め返してくれた。
今日以上に会いたくて仕方なかった日は、きっと無い。
そう言い切れてしまう程、彼の温もりに安心する。
"結婚は好きな人とする物"
____幼い頃。
『大人になったら、結婚してくれる?』
『うん!』
そう両親に教えられた彼が。
私に投げ掛けた、無邪気な質問に。
深く考える事もせず、頷いて居た私。
今となっては、
そのやり取りの重大さを良く理解できて居るけれど。
彼が覚えて居ないのなら、
この話は無かった事にした方が良い。そう思って。
泣け無しの勇気を振り絞って、
聞いて見ようと口を開きかけた矢先。
梨央の穏やかな声が、私の声と被る。
幸い私しか気付いて居ないようだから、
そのまま話を続けて貰った。
彼の口から出た、"約束"と言う言葉に。
私の肩が揺れて。
彼は、それを『肯定』と判断したらしい。
____あぁ。
はるか昔の私達が交わした約束を、果たしたいと思った。
この感情が、恋だ。
梨央の隣は、いつまでも私の物であって欲しいと思う
この気持ちが、恋だ。
たくさん、空回って。
数え切れない程の回り道をして。
ようやく気付いた。
照れながらも、面と向かって伝えた想い。
そっと彼の様子を窺うと、どうやら放心状態のようで。
その時間が長く続き、心配になった頃。
やっと、彼が口を開く。
少しだけ不安が残った顔で。
……嬉しさを噛み締めるように。
この瞬間が、何処にも行って欲しくなくて。
もう一度、しっかり彼を抱き締めた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。