第11話

俺の周りにはいないタイプだな
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2021/01/17 09:00
柴園寺くんは目を白黒させている。
柴園寺 晴
柴園寺 晴
おまっ、そこはハンカチで拭けよ!
あなた

でも、取り出すの面倒だし

柴園寺 晴
柴園寺 晴
……信じらんねー
柴園寺くんは疲れた様子で、
ベンチに後ろ手をつき、
濃紺に染まりつつある空を仰いだ。
柴園寺 晴
柴園寺 晴
お前、おしとやかさはないし、
こんな安い食べ物で喜ぶ
安上がりな女だし、
俺の周りにはいないタイプだな
あなた

そんなしみじみ言われても。
褒められてる気がしないんだけど

柴園寺 晴
柴園寺 晴
褒めてないからな。
俺の婚約者がこんなのとか、
ありえねえ
そう言ってそっぽを向いた柴園寺くんの耳が、
心なしか赤い。
あなた

(今の会話の中に、
照れるところあった?)

不思議に思いながらも、
私は『婚約者』の件について、
柴園寺くんと改めて話し合うことにする。
あなた

あのね、そのことなんだけど。
婚約はなんとかして破棄するから

柴園寺 晴
柴園寺 晴
はあ!? なんでだよっ
あなた

えっ、そんなに驚くこと!?
むしろ柴園寺くんは、
そのほうが好都合でしょ?

柴園寺 晴
柴園寺 晴
当たり前だろ!
あなた

なぜ食い気味!?

柴園寺 晴
柴園寺 晴
うるせえ! 
いちいち突っ込むなよ
慌てだす柴園寺くん。
あなた

(だからなぜ、
そんなにオーバーリアクション?)

あなた

私、このとおり庶民に
染まりきってるし、
財閥の令嬢とか身の丈に
合ってないから……

あなた

高校卒業したら鷹宮家から
ずらかって、ひっそりと
庶民らしく平凡な一生を
送るつもり!

柴園寺 晴
柴園寺 晴
なに尼さんみたいなこと
言ってんだよ!
あなた

柴園寺くんが『未来の嫁が
こんなヤツなんて!』って
絶望してると思って打ち明けたのに

柴園寺 晴
柴園寺 晴
財閥令嬢なら一生遊んで
暮らせんのに、
なにが不満なんだよ
あなた

不満とかじゃなくて、
合わないってだけ

柴園寺 晴
柴園寺 晴
だから、なにがだよ
あなた

私、執事になにからなにまで
お世話されたりするのも、
大きなお邸に住むのも、
なんか別世界に来たみたいで……

柴園寺 晴
柴園寺 晴
…………
あなた

ここは私の居場所じゃないなって、
いつも思うんだ。だって私……

頭にお母さんの笑顔が浮かぶ。
あなた

お母さんが死ぬまでは、
狭いオンボロアパートで
ふたり暮らしだったから

柴園寺くんが息を呑むのがわかった。
あなた

(あ、まずったかな。
いきなりディープな話題、
ぶち込みすぎたかも)

だから私は、あえて明るく振る舞う。
あなた

この話はもう終わり。
暗くなる前に帰ろ──

柴園寺 晴
柴園寺 晴
勝手に切り上げんな。
……お前の家のことは軽く聞いてる
あなた

…………

柴園寺 晴
柴園寺 晴
今さら現れた父親を父親だと
思えないから、
家を出たいとかか?
あなた

お父さんのことは、
家族になれたらって思ってるよ。
だけど急に父親です!って
言われても、いきなりそうは
思えない……かな

柴園寺 晴
柴園寺 晴
まあ、これまでずっと
会ってなかったわけだからな。
いきなり親父には思えないよな
あなた

(あ、意外……。
同意してくれるなんて)

あなた

だけど、家を出たいのは、
さっきも言ったとおり
純粋に財閥令嬢になった
自分が想像できないからだよ

それに神妙な顔をする柴園寺くん。
柴園寺 晴
柴園寺 晴
…………
それっきり口を開かず、
柴園寺くんは黙々とクレープを食べていた。

***

柴園寺くんと同居生活を始めて、
数日──。
柴園寺 晴
柴園寺 晴
なんで俺がこんなこと……
あなた

それは柴園寺くんの
家事スキルが乏しいからだよ

今も目の前で、
米を洗剤で洗おうとしている柴園寺くん。
あなた

(末期だ……)

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