咲ちゃんに今の声のまま歌い手として活動していくのは絶対にダメだと言われてしまい、どうしようと悩んでいた時だ。
男になれるとは一体どういうことなのか。
するとゆづが机の引き出しから何かを取り出し、ボタンを押す。
『ポ〇モンGETだぜ!!!──お〜、我ながらサ〇シのモノマネ上手いかも…』
いつの間に録音していたのか、どうしてもっとマシなセリフを録音していなかったのか。
ゆづの方を睨むが、怯える様子もなく鼻歌を歌いながらパソコンに向かっている。
──待てよ…よく考えたら…
やっぱりゆづは天才である。
咲ちゃんの言っていた、『あなたちゃんになっちゃダメ!!!』という言葉の意味もよく分かった。
まさかこの声がここで役に立つとは思っていなかったので、何とも不思議な気持ちだ。
誰か気づいてくれる人は居るのだろうか。
ちょっとした悪戯心も芽生え、私は『歌い手アス』としての生活に楽しさを覚えていた。
私からあんな声が出るとは誰も想像しないだろう。
正直咲ちゃんに認めてもらえるか不安だった。
でもずっと応援する、その一言でそんな不安も何処かに消えてしまった。
結奈ちゃんも咲ちゃんみたいな反応をするのかと思いきや、極々普通だった。
ちょっとガッカリしたのは内緒にして欲しい。
結奈ちゃんには敵わなかった、流石です、はい。
結奈ちゃん曰く、歌詞が出来上がった時や歌い終わった後、結奈ちゃんと会った時等想像以上に叫んでいたようだ。
そう言って、結奈ちゃんは私の背中を優しく押し出す。
躓きそうになりながら、私は結奈ちゃんと別れ猛ダッシュで家に帰った。
ゆづは既に部屋に居て、パソコンと向き合っていた。
遂にこの日、『歌い手アス』が誕生した。
と同時に、私は結奈ちゃんとの約束を果たす為の第1歩を踏み出した。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!