そう言って、皇帝は首を緩く振った。
ここは後宮の正殿の最奥、皇帝の寝所だ。寝所と言っても、軽く五十人は余裕で入るだろう広さだが。扉から入って右側にある布団に皇帝は腰掛けていた。
寝起きなのか、皇帝は腰まで届く艶やかな長い髪を白い組紐(くみひも)で束ね、肩の横に垂らしていた。纏っている衣は白い寝間着に藍色の上着を羽織っている。
かなり軽い服装だが、『見る人が見れば』軽く眩暈を起こすほど色気が漏れ出ている。非常にけしからん。
手を顎に当てて何か考える素振りを見せた賜瘰は、傍にある卓(たく)に手をついて、卓の上に並ぶ豪華な料理を一品ずつ、慎重に毒味している人物に目を向けた。
紫水は目の前の料理たちから視線を外して、賜瘰を見た。
賜瘰は緩く微笑む。
言葉を濁して、紫水は料理に目を向けた。
昨日の瑚淑妃の件。あれを皇帝は把握しているのだろうか。『召使いから愛されない、蔑まれる主人』という関係をおかしいと思うだろうか。
その時
寝所の扉を蹴破って、賜瘰の親友である優光が飛び込んできた。
その後に続いて入室してきたのは、黒い笑みを浮かべて鞭を持った王弟、選唄だった。
皇帝は目を丸くして、紫水、賜瘰のほか二人の気持ちを代弁してくれた。
簪・・・!
元々室内にいた組の視線は、賜瘰の手の中にある牡丹一華の簪に集中した。
賜瘰は手の中の簪を、優光に差し出した。
紫水は首を傾げて、問うた。
その瞬間、寝所の気温がピシッと下がった。
千燈、選唄異兄弟は手を額に当てて、溜息をつき、優光は口を戦慄かせて、簪を差し出していた賜瘰は目の前の親友に冷たい視線を送った。
優光は紫水の頭をバシッとはたいた。
そして、賜瘰に手を差し出した。
すると、賜瘰は目を瞬(またた)かせて自身の右手を、優光の手にそっと乗せた。
優光は体をふるわせて、拳を振り上げていた。
布団に腰掛けていた皇帝が、呆れ顔で命じた。
賜瘰は手のひらの簪を優光に差し出し、優光はバッと簪を奪うように受け取った。賜瘰を睨みながら。
そして、懐から、白い手巾を取り出して簪を緩く包んだ。
まるで、壊れやすい宝物を扱うようかのように。
まるで、大切な何かを守るかのように。
それを見て、紫水は驚いた。
普段はガサツめな彼がこんな『表情』をすることに。
優光は簪を包んだ手巾を懐に入れると、皇帝の前に跪(ひざまず)いた。
そう言って、寝所を退室していった。
後に残るのは、秀異兄弟と賜瘰と紫水だけ。
いつの間にか、毒味を終えていた紫水は、そう淡々と言い残して、皇帝の部屋を退室していった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。