「お風呂ありがとう。」
ひょこっとお風呂場に続くドアから顔を覗かせると、ソファーに座って缶ビールを飲む翔太くんが私をチラリと見て、それからすぐテレビに目を戻す。
フローリングにペタペタと足音を立てて近づいて、ソファーの後ろから翔太くんが手にしている缶ビールを取り上げた。
『は?』
キッと睨まれたけれど、私は取り上げた缶ビールを口につける。
『おい!バカ!』
「ニガッ……。」
途端に広がる苦い味に顔をしかめる。
『…ガキ。』
そう言って鼻で笑った翔太くん。
「もーすぐハタチだもん。」
私はにこりと笑い返す。
『でも、お前はガキ。』
「ガキだと、思う?」
そう問いかければ、翔太くんはテレビ画面から目を離さずに…
『ガキだろ。』
って、呟く。
私はソファーの背もたれからよじ登って、翔太くんの隣に座ると、テーブルの上のリモコンを手に取り電源ボタンを押した。
途端に静かになった部屋。
翔太くんが隣の私を見る。
『おい、何で…。』
私を見た翔太くんは、目を見開いて明らかに動揺の色を見せた。
「何?」
『…下っ!!ズボンは?渡しただろ?何で、上しか着てないわけ?』
「えー、だって翔太くんのシャツおっきいもん。ワンピースみたいでしょ?」
『お前、"風邪引いちゃったかも"って、言ってただろ?』
「翔太くんのせいでね。」
そう言った私に、翔太くんは疲れたように小さく首を振る。
『…いいから早く下履け。それと髪も乾かせ。』
「じゃあ、翔太くんが髪拭いて?」
首にかけたタオルをするりと引き抜いて、翔太くんの目の前でプラプラと振る。
『は?』
「早く拭かないと風邪悪化しちゃう…。」
翔太くんは眉根を寄せて私を見据える。
もっと怒ればいい…。
もっと困ればいい…。
もっと悩めばいい…。
もっと私の事を考えてよ。
そんな事を思っていたら…
翔太くんが私の手からタオルを奪って、腕を引っ張り、ソファーに座る自分の前に座らせた。
私の髪をガシガシと乱暴に拭くから、私は暴れて抵抗する。
「痛い…!」
『じっとしてろ!』
私は翔太くんの腕を掴んで振り返る。
見上げれば私を見つめる翔太くんの瞳。
「優しくしてよ…。」
私は目を逸らさずに、そう呟く。
掴んだ翔太くんの手も私を見る眼差しも熱く…
不意に伸びた翔太くんの左手が、私の頬に触れて、輪郭をなぞる。
それからその指がおでこに触れて…
「…った!!」
でこピンされた。
「いったー…何するの!」
目に涙を溜めて睨みつけると、翔太くんが、ふはっと笑う。
『髪ぼさぼさ…。』
「ぼさぼさにしたの翔太くんでしょ!」
そう言って睨むと…
『前、向いてじっとしてろ…。』
って、タオルで頭を包まれた。
翔太くんは今度は優しい手つきで私の髪を拭く。
タオルの擦れる音と、時計の針のチクタクと鳴る音がやけに大きく聞こえる。
「翔太くん?」
『ん?』
「さっき…ちゅーしようとしたでしょ?」
『は?』
「だから、さっき。ちゅーしたいなって、思ったでしょ?」
翔太くんは私の髪を拭く手を止めない。
…残念。
今、どんな顔してるのか見たいのに…。
『…んなわけあるか。』
「どうして?」
『どうしてって…。あなた相手にそんな事、思うかよ。』
「…私が"ガキ"だから?」
私の言葉に、ぴたりと手を止めた翔太くん。
ゆっくりと振り返って、翔太くんの首に腕を回す。
ピクリと反応した翔太くんに思わず笑みが漏れた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。