第7話

口契約が終わった時
65
2018/04/02 03:25
あれから私の住む家は、変わっていない。

でも、同居人は変わった。



この家の持ち主さん夫婦が帰ってきた。



邪魔だと思い、出て行こうとしたら、
「まだ1ヶ月経っていないでしょう?」
と私を引き止めてくれた、
とても優しい人だ。



あれから…

廉とは会っていない。


もちろん、ここにも帰ってきていない。

連絡すら取っていない。




ただただ、罪悪感と喪失感と
行き場を失った私の小さな愛だけが、
私の中をさまよっていた。




学校に行ったって

「茉衣??大丈夫?」

と奈緒心配されまくる日々。



MAGICを見る気も失せた私は、

立ち直り方を忘れてしまった。

「立川さん、お電話です。」

「え?」


内線で生徒に電話って、そうそうあるものじゃない。

でも、ポーチの中で光り続けていた液晶画面。

誰からか連絡が来ているとは思ったが、
授業中はさすがに出られない。



でも、そこまでして連絡して来る人って…

私の頭の中では1人しか浮かばない。




それに…


今日は最後の日だ。











「もしもし」

「あ、茉衣?」


三日ぶりだった。
どれだけ私はこの声を求めていただろう。
涙が溢れてくる。



「久しぶり。」

「おう、久しぶり。」



もう一生、私の名前を呼んでくれることは無いと思っていた。


「俺さ、今日の飛行機で東京に帰る。」


でも今日は最後の日。
あなたと本当に別れなきゃならない。


「そっか…。」

「今、家に挨拶しに行っていて、もう出る。

タクシー拾って、空港行くわ。」


「お世話になりました。」

「こちらこそ、ありがとう。…じゃあ」

「うん、お仕事頑張って!」

「おう!」



_____プープー



この音が、全ての終わりを告げた。

泣きたくてたまらなかった。

1人で、大声で。



もうちょっと時間考えてくれてもいいじゃん。
家でゆっくり泣きたかったよ。
あなたと過ごした部屋で。


教室に戻る気も失せて、廊下の壁にもたれかかって、
座り込んだ。

思い浮かぶのは、もちろん廉だけ。
そっとしておいてくれればいいのに…

階段を誰かが上がる音。

現れたのは、教頭先生と…一也さんだった。



「立川さん、ちょうど良かった。お客さんです。」


その騒ぎにクラスのみんなが寄ってくる。




なんで、今、わざわざここまで…





「たまたま仕事で近くに来ので、会いたいと思いまして。
…どうして泣いているの?」


「あ…いや、なんでもないです。」

あわてて涙を拭って、立ち上がり、笑顔を見せた。

「そう、ならいいです。」


相変わらずのさわやかな笑顔。
でもね、今会いたいのは、あなたじゃない。


「すみません、一也さん。

私、大切な用があるんです。」


「授業、終わるまで待っていますね。」


「…違います。」

「え?」

「ごめんなさい。」
「待って!」


走り出そうとした私を止めようと出された手。


それを遮ったのは奈緒だった。





「先生!立川さん気分が悪そうなので保健室連れ行ってきまーす!」


「奈緒…」


「ちゃんと行かなきゃ、一ノ瀬くんの所。」


「ありがとう。」





私は階段を駆け下りた。


一也さんや、先生の声には振り返らずに。







もう一度、もう一度だけでいい。





____廉に会いたい。

最後にあなたの名前を呼びたい。
そして振り返ってほしい。



廉はタクシーを拾って、空港へ行くと言った。


空港があるのは、私の学校の最寄り駅。


学校と駅は目と鼻の先で、タクシー乗り場なら、学校から良く見える。



私はフェンス越しに確認すると、タクシーが1台見えた。








そこには…
あの日と変わらず、オーラを振りまいている、廉を見つけた。



「廉ーーー!!!」


私はありったけの声で叫ぶ。


「茉衣!?」


届いた。


「ちょっとだけ、ちょっとだけ待って!」






私は正門を通り、駅へ急ぐ。






「廉…。」



会えた、やっと会えた。



「…わ、忘れ物、無い?
あっても私、届ける術知らないよ。」


他に言いたいことはあるはずなのに、どうでもいいことばかりが出て来る。


「相変わらずだな〜大丈夫。
てか、あっても電話してくれればいいじゃん!」


良いの?電話しても。
あーあ。また涙が溢れてくる。







「今、この瞬間を持って、口契約は終了!
…言いたいことあるんじゃねーの?」



廉はお見通しだね。
確かにあるよ。



でもね、これを言ったら私が辛くなるから。

それに、いくら口契約が終わっても、あなたを困らせたくない。

困らせたくないから。

だから、口が裂けても言えない。


でも、もし…
もしも…一つだけ。


………ワガママが許されるのなら、私は…






フェンス越しに一也さんや、クラスメートが追いかけて来たことは、騒がしい声で分かった。

でも、お構い無しに声を張って、



ちゃん伝える。






「廉!
私は、MAGICの一ノ瀬廉も、
私と出会ってくれた一ノ瀬廉も…」




どちらもあなたである事に変わりは無い。

いろんなことを教えて貰ったから。

あなたの存在が大きくなった。

それを捨てることが私には出来ない。




せめて、届かないかな?




「大好きです!!」




言ったら困るから、ずっと言わなかったけど、気づいていたでしょ?

口契約が終わったならはっきり言わせて貰うよ。




「誰ですか?あの男は?」

一也さんは少し怒っているみたいだけど、
気にしない。
今は、廉だけ。




「ずっとずっと、一生!
立川茉衣は、一ノ瀬廉が…


…大好きです。」





荷物がタクシーから全部下ろされ、
時間的にも、もう行かなきゃならない。




「あ、そこのさわやかなお兄さん!
あんまり気にしないでね。俺は、通りすがりのただのアイドルだから。

茉衣は、人見知りの心配性でお節介だから、途中で嫌になるかもしれないけど。」



なんなの、それ…。



「可愛いし、優しいし、こんな人どこにもいない。
ちゃんと幸せにしろよー!」



何でそんなこと言うかな…。



「茉衣、ありがとう。」

私の目を見て、笑顔で、それだけ言って、



彼は…



東京へ飛び立った。











もう一生、会うことは、無いのだろう。


どこかで、ほんの少しだけ、期待していた。

廉が私を連れ去ってくれるんじゃないかって。



でも、返ってきたのは「ありがとう」



分かっているよ。



廉は、いつまでも、どこまでも、アイドルだもんね。
















ついに終わってしまった。
いや、元に戻ったんだ。

夢から覚めただけ。




_____1ヶ月間の素敵な夢から。











口契約が終わった時。

それは、私が生きる意味を失う時。



でも、この夢があれば、私は強くなれるかな。

ねぇ廉、教えてよ。




きっと、大丈夫だよね?








“幸せの記憶” それさえあれば。

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