第2話

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2018/04/01 02:42
「あ…」




「ごめん、聞くつもりは無かったんだけど…」




「聞こえちゃいましたよね。」


なんて、待たせていた彼に引きつった笑顔を浮かべてみる。







飛び出してしまった部屋。



追いかけても来ない両親。



全てに絶望しながら、彼の目の前にいる、



そんな自分が嫌いだ。





「行こっか。」



「え?…あ、、はい。」



「逃げよう。」



「えっと…?」



「現実逃避しよう。」




そう言って彼は、私の手を引いて、

走り出した。
さっきまでいた桜並木道をあっという間に通り過ぎ、


私が一生懸命説明した道をぐんぐん行く。







「次、どっち?」




「左です!」




なんて、案内しながら



なぜか私たちは、全速力で走った。








「はぁ…はぁ…はぁ…………ついた。」





「…ここ?……」





見上げると素敵な一軒家の前だった。


表札にはもちろん知らない名字。





「とりあえず…あがる?」



「いいんですか?」



「もちろん。お礼も含めて。」



「じゃあ…お言葉に甘えて。」





私は、この素敵な一軒家に足を踏み入れた。




この家が、私にとって大切な場所になるなんて思いもせずに…








「はい、どうぞ。」



「ありがとうございます。」



出されたお茶で、疲れを少しだけ回復させる。




「あんなに走ったの何年ぶりだろう?」

「いやぁ〜疲れた。」


楽しそうに話しながらお茶を飲む姿は、私が知っていた通りの彼で。


夢のようだ。





「…これから、どうするつもり?」




でも、そんな一言で私は現実に戻される。




「…どうしましょうか。」



冗談っぽく笑ってみせるが、真剣な顔で向き合う彼に、それは通じない。





「もう分かっていると思うけど…


俺は、MAGICの一ノ瀬廉。


ストレスで、変な病気っていうか…まあ、なんていうか…


とにかく、1ヶ月間仕事休むことにしてさ。


それも、内密に。」





「MAGIC」
今、大人気のアイドルグループ。
若いときにデビューし、CDを出せばランキング1位に躍り出て、ライブをすれば何百万人の人が押し寄せる。映画やドラマ、バラエティにも大忙し。
そんなグループのセンター、一ノ瀬廉。



____私は、彼の大ファンだ。





「まあそれで、知り合いが旅行で家を空けるから、その間使わせてもらおうと思っているのが、この家なんだけど…



広いし、暇だし、、





…一緒に住む?」







聞き間違いだ。


あぁ、私の耳もとうとう幻聴が聞こえている。



疲れすぎだ。




「…すみません、もう一度いいですか?」




「だから、一緒に住む?」




…?



今、言った。


確実に言った。




「…一緒に住む…?」



「そう。」




まだ信じられないこの言葉を頭の中で巡らせ続けていると、話はどんどん進む。




「もちろん、タダじゃ無理だけど。



契約は、結んでもらう。まあ、簡単な口契約。



1つ目は…バイトをすること。


2つ目は、家事のこと。まあ、できる人がやるっていうざっくりしたスタンスで。


3つ目は……俺を困らせないこと。






はい、質問は?」






「はい。…えっと…そんなざっくりした契約でいいんですか?お金のこととか…」




「お金は俺が出す。
バイトは君がまたいつでも家出できるようにするため。
家事もまぁ…俺、元気だったら暇だし。」



「はぁ…」



「どうする?結ぶ?


…口契約。」





悩みたい。

何日かかけて、ゆっくり。


でも、今の私にそんな余裕はない。


だから…





「お願いします。」




この口契約を結ぶしかない。



「あ、私、立川茉衣です。



この家から歩いて15分ぐらいにある駅から電車で2駅行った所の公立高校に通ってます。」



「何年生?」



「高校2年生です。」




なんとなく、私の自己紹介をしてみる。




疑問も不安も、たくさんあった。



なんで私にそんな声をかけたんだろう。

とか、

どんなメリットがあるんだろう。

とか、

私、何か悪いことに使われるのかな。

とか、、





でも、それでも口契約を交わしたのは…





彼に一目惚れしたせいだろうか…。










____ピローン



“1ヶ月で帰ってきなさい。学校へは行くこと”



親…いや、偽親から、
たったそれだけのメールを受け取った私は、


バイトを申し込んだ。

新聞配達だ。
理由は、2つ。

放課後に時間があまりとれないのと、時給がまあまあいいから。




そして、この生活をスタートさせることを決意した。



不安はもちろんあるけど。



「寝室は2階だからな!」



「はーい!」




彼の笑顔さえあれば、なんとかなる気がする。





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