第8話

茉衣が生きたかった理由 奈緒side
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2018/04/02 05:26
私には、とてつもなくみんなに愛される親友がいる。


____立川茉衣。


自分でその可愛さと性格の良さをどこまで理解出来ているのかは知らないが、

1%ぐらいしか、分かっていないだろう。

まぁそこがまた、彼女の良さだったりする。




彼女は、私に何でも相談してくる。

誰かに告白されたとか、
お見合いの話がきたとか、

一ノ瀬廉が好きだとか、
一緒に住むことになったとか…



よく驚かされる。



私は、話を聞いただけ。

たいしたアドバイスも、具体的な行動もしていないけど、

「奈緒のおかげだよ!ありがとう!!」

と、あたかも私が助けたみたいだ。





私は、彼女を尊敬しているし、憧れでもあるし、
良き親友だと思っている。







そんな彼女は突然、私の前から姿を消した。

あれだけ学校で大騒ぎした次の日は、休日。



月曜日、みんなが茉衣に質問攻めをしようと企んでいた。


「MAGICの一ノ瀬廉がいた。」
「一也って誰?」
「茉衣の公開告白」


クラスのみんなはもちろん、学校中の噂となった。
その噂は、職員室まで広まるほど。


それでも、悪いイメージが茉衣につくことは無かった。


それはやっぱり、茉衣の性格の良さがものを言ったのだろう。







_月曜日

彼女は来なかった。



代わりに、先生に1枚の手紙が送られていた。






「みんなへ

家の都合で、引っ越すことになりました。

突然でごめんね。

みんなのおかげで毎日がすごく楽しかったです!

みんなと一緒に卒業したかったな…

今まで、本当にありがとうございました。


そして、先日お騒がせした件についてですが、
話すと長いんだな〜

なのでアレは夢だったということで。

幻にしてください。(笑)



みんなが笑顔で卒業できることを願っています。
さようなら。



立川茉衣」






誰がこんな結末を予想しただろうか。







納得出来ない私は、学校帰りに茉衣の家、
いや…知らない人の家に訪れた。


_____ピンポーン

「はい?」

「突然すみません、立川茉衣の友達で…田原奈緒という者なんですが…」

「あ〜!!

「ちょっとだけ、お話よろしいですか?」

「はい、少々お待ちください」




すごく優しい方だった。

見ず知らずの人間を笑顔で出迎え、お茶を出してくださった。




「あの…茉衣のこと、教えていただきたいのですが…」

「茉衣ちゃん、何かあったの?」

「実は突然、引っ越しまして…」

「え!?」


「それであの…
茉衣はずっと一ノ瀬くんと一緒に暮らしていたんですよね?」

「そうよ。
でも、最後の3日間だけは私たちと茉衣ちゃんだけで一ノ瀬くんはいなかったわ。」

「そうですか。」



茉衣が元気無かったあの数日の意味がやっと理解できた。



「茉衣はいつ、この家を出たんですか?」

「こないだの金曜日よ。
“さっき、廉と会えました”って言って、
すぐに荷物をまとめて出て行ったわ。

もう何か、決心しているみたいだったけど。」



もう茉衣は、ずっと前からこの日にいなくなることを決めていたんだ。

それでも、私に何も無いってどういうこと?




「すみません、突然お邪魔してしまって。」

「いえいえ。」

「ありがとうございました。」



私は、あの家を後にした。




相変わらず、メールも電話も返ってこない。





__茉衣、あなたはどこにいるの?







_数日後

学校から帰ると、ダンボールが私宛に届いていた。

「田原奈緒様 立川茉衣」

久しぶりに見た、茉衣の文字。



一安心したのと、少し怖くなったのと…

茉衣が抱えた何かを、私が受け止めることは出来るのだろうか。



私はダンボールを開けた。




中には、
何セットもある服、MAGICのグッズ、スマホと手紙が入っていた。



迷わず手紙を取る。





「奈緒へ

連絡が遅くなってごめんね。

奈緒に預かっていて欲しいものが出来てしまいました。(笑)

こんなに押し付けがましい私なのに、何にも言わずに去ってしまうのは、失礼だよね。

奈緒には、ちゃんと話します。



私は病気でした。

脳に少し異常があって、経過を見なきゃどうにもならないと言われ、
病院に通う日々が増えました。

たまに、通院、入院、退院を繰り返して…

手術をすれば治ると言われました。

成功確率は90%
ただし…その手術で記憶障害が生まれる可能性も90%

どこまで記憶を失うかは、個人差があるけれど、
今までの記憶を全て失うこともあるし、生活上不備なく暮らせる程度の記憶は残るかもしれない。

計算とか、言葉とか、走り方や座り方まで。
それぐらいは残ってほしいよな〜


その手術をするため、東京に行くことになりました。
憧れの東京!でもこんな形で行くとはね…




で、まあ1か月前、
そんな中、病院の前にある桜並木道で廉に出会いました。


私の唯一の救いは、これだけだったよ。



だってね、もう嫌なことばっかりなんだ。

その手術のことで、私は親と血が繋がっていないことを盗み聞きして、

記憶が無くなれば好都合。

一也さんと私をお見合いさせるのも楽だし、

名前も変える気だよ。
苗字は一也さんのところの “雅(みやび)” になり、名前は “香恋(かれん)” だって。

私は、“立川茉衣” 気に入っていたのになぁ〜

もしかしたらいつか、本当の親にも会えたかもしれないし。


それに…


廉がいつか、また「茉衣!」って呼んでくれても、私は振り返ることが出来なくなる。

私はやっぱり、一ノ瀬廉が好きだよ。


この記憶も消える。それは嫌だな。
まあでも私、香恋だよ。香りに恋するんだよ?

また廉の好きな香水の匂いを好きになって…
廉にたどり着けるかな?

もう一度、廉を好きになるかな?
なりたい。


一緒に過ごした1ヶ月間は宝物だよ。
でも、私が背負っていくには、辛すぎる。

だって、一生叶うはずないのに、それでも廉が好きなんだもん。

ファンで良い。
特別になんかならなくていいから、普通に廉を好きでいたい。



いつかまた、廉に、「茉衣」って呼んで欲しかったな。




このダンボールは、私の “幸せの記憶” を形にしたようなもの。
これは、奈緒に渡すから、捨ててくれてかまわない。

私の家じゃあ、捨てること自体「何で持っていたんだ!」ってなるからね。(笑)



また廉のことばっかりでごめん。

いつものことか!(笑)



奈緒との思い出ももちろん宝物だよ。

あ、そうだ!スマホにいっぱい写真入っているから、奈緒にあげる!



奈緒、今まで本当にありがとう。
最高の親友だったよ。
大好き。




茉衣より」






涙は、一筋頬を伝っただけ。
もうあっけにとられていた。

茉衣は、私の想像をはるかに超えた。




スマホを開いてみる。

ちゃんとロックは外されていて、スムーズにいった。

私は写真をタップする。

フォルダは、たくさんあったが私は「奈緒」のフォルダを開けた。




今までバカやってきたことの記録ばかり。
いつもなら思い出話に花が咲くのに、今日は涙しか出てこない。

もう一緒に写真も撮れないの?
会うことも、話すことも、出来ないの?








疲れ果てて、涙も乾いた頃、


興味本位に「一ノ瀬廉」のフォルダを開けた。

そこには、雑誌やMVのお気に入りの写真がたくさん入っていた。
何枚かは茉衣に見せてもらった記憶がある。


次に、「廉」のフォルダ。

その中で、茉衣が嬉しそうに一ノ瀬くんの隣で笑っていた。
1ヶ月間の思い出が全て詰まっていた。
どれも、幸せそうに。

そうか…やっぱり、茉衣には一ノ瀬くんしかいないんだね。

じゃあ、私が頑張らなきゃね。






やっぱりあなたはもう一度、一ノ瀬くんに会うべきだ。



_____♪〜

茉衣のスマホに登録されていた、
一ノ瀬くんだと思われる番号に私の携帯から電話をかけた。

さすがに知らない番号からだと、取らないかな…

と思ったが、迷っていられない。

何コールかした後、突然コール音が途切れた。




「もしもし?」

「あ、…いっ、一ノ瀬廉さんの携帯で間違いないですか?」

「そうですけど…どちら様ですか?」

「私、立川茉衣の親友、田原奈緒です。」

「あ〜〜、茉衣の!」


良かった、話が通じた。


「どうしたの?」

「茉衣のことでお話したいことがあります。東京でも、どこでも行きます。
…お時間作って頂けないでしょうか。」




一ノ瀬は、茉衣が言っていた通り優しかった。

仕事で私達が住む地方へ行くからその時に。ってこっちまでわざわざ来てくれると言う。













_週末

私が最後に、茉衣のためにできること。
この手紙を届けなきゃいけない。



私は約束したカフェに待ち合わせ時間10分前についた。

先に中に入ることにした。



すごく雰囲気の良いカフェでセンスが良い。
地方でもこんな所知っているなんて、さすがだなぁ〜と思う。

こんなこと言ったら、
「当たり前でしょ!」
って茉衣に怒られるかな…。




約束時間2、3分前に一ノ瀬くんがやってきた。

手を挙げて合図すると、「あ!」と言わんばかりに私を見つけて、こっちへやってきた。



「ごめん、待った?」

「いえ、私が少し早く着いただけです。」

「もうちょっと早く来られる予定だったんだけどな〜」

「大丈夫ですよ。」





「何か頼んだ?」

「いえ、まだです。」

「じゃあ、俺、コーラ。奈緒ちゃんは?」

「あ、じゃあ…ミルクティーで。」

「紅茶好き?」

「あ、はい。」

「茉衣と一緒だ。」



嬉しそうに話す一ノ瀬くんは、
茉衣が見惚れてしまうのも分かるし、
何よりも芸能人オーラがすごくて、周りの目を気にしてしまう。



頼んだ飲み物が来て、一口頂く。

そして、一つ間を置いて、あの手紙を取り出した。


「これ、読んでください。」



受け取った一ノ瀬くんが、開封するのを遮るように、
そして、念を押すように、私は言った。


「ただ一つ、先に言わせて下さい。
これは、書いてあるように、茉衣が私に宛てて書いたものです。
あなたに見せて欲しいなんて一言も書いてません。

でも、私が見せるべきだと思ったから、持ってきました。

それだけは、ご理解下さい。」



「うん、分かった。」




ふわりと安心させるような笑みを浮かべて、
手紙を読み始めた。



その間、私は目の前のミルクティーを飲み続けるしか、することが無かった。











「見せてくれてありがとう。」

「いえ…」

「茉衣のいる病院とかって知っていたりする?」

「ごめんなさい。そこまでは…」

「だよね〜、いいよ、ありがとう。」



でも……分からなくても……それでも……




「茉衣に会ってやって下さい、お願いします!」

「奈緒ちゃん…」

「はっきりとは、分かりません。でもこんな手術なら、大きな病院だろうし…

私、頑張って探します!

だから…もう一度茉衣と……」


「会えない。」


「私、頑張ります。」


「…会えないし。……会わない。」


「え…?」

「茉衣の中に俺がこんなにいる。
そう分かったらなおさらだよ。
茉衣の未来に俺がいたら、茉衣を苦しめるだけだ。」

「でも…」

「茉衣にはもう、素敵な未来がある。」

「……」




確かに、そうかもしれない。



今まで一ノ瀬くんがいたから、本気じゃなかったけど、

でも記憶を失って、最初に出会うのがお見合い相手の一也さんで、

自分のことを好きだと言ってくれる。

そして、記憶障害を一緒に乗り越えてくれる。




そしたら…


茉衣は、一也さんのことを、好きになるかもしれない。



今まで茉衣が、一ノ瀬くんを好きだったように。



そうなった場合、一ノ瀬くんは邪魔になる。












でも、でも…茉衣は……


「一ノ瀬さんのこと、好きでしたよ。茉衣は。」



「知っている」なんて、言わせない。
茉衣がどれだけ好きだったか。



「スマホの写真フォルダの中に、1ヶ月間の記録がありました。
あんなに幸せそうな茉衣の顔を見たのは初めてだったから、
だから、手紙を届けなきゃ、って思ったんです。



茉衣にはもう、素敵な未来があるかもしれない
でもそれは、雅香恋になってからの話。

まだ茉衣は……立川茉衣なんです。


今どこかで手術を前に泣いているかもしれない茉衣は、
あなたのことが好きな、立川茉衣なんです。

最後まで、幸せでいてほしい。

立川茉衣の人生は、幸せだった、って本人が心から言えるようにしてあげたい。




それが出来るのは…


一ノ瀬さんしかいません。」





きっと茉衣は、一ノ瀬廉を好きでいたい。
永遠に。

だから少しでも長く、茉衣は茉衣でい続けるんだ。






「今日はありがとう」


「いえ、こちらこそ。
わざわざ時間とって頂いて、ありがとうございました。」



一ノ瀬くんは最後まで優しかった。
私を見送ってくれた。


「じゃあね」

改札の前で手を振る一ノ瀬くんに一礼して、私は帰る。

最後まで、彼は泣かなかった。




私は、どんな顔をしていたのだろう…。















どうしても、彼女は生きたかった。

大好きな人を思い続けるために…。

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