第6話

夏模
902
2023/12/02 11:00
周
あぅ……脳みそが……
司
しっかり宮ちゃん!
形は保ててるよ!
周
ある……?
僕の脳みそちゃんとある……?
司
ある! もうすっごいある!
葵衣
葵衣
いや分かんねぇだろ
受験勉強も本番を迎え始める夏休み。
校内で実施じっしされた夏期講習を受けた村宮は
相当頭がゆだったのか、机の上に突っ伏して
動かなくなってしまった。
こいつホントに受験大丈夫か。

そんな村宮の髪を指先でくるくるといじっていた和田が、
スマホの画面を見て声をあげる。
司
あ、宮ちゃん
周
はい……
司
セッチももう終わったって
周
せいや!
途端とたんに村宮は勢いよく立ち上がった。
そう、今ここに三浦はいない。
俺らと一緒の夏期講習ではなく、
自分の志望校のオープンキャンパスに行っていたから。
四人でいることに慣れ過ぎていて、
三浦だけがいない空間は珍しく、どこか変な感じがする。
周
つかさ! あおい! 帰るよ!
せいや迎えに行かなきゃ!
葵衣
葵衣
そんな慌てんでも三浦は逃げねぇよ
周
待ちぼうけにはさせられないよ!
早く行こ!
慌ただしく帰る準備をして教室を出ていく村宮を
俺と和田も追いかける。
授業はとうの昔に終わっていたため、廊下に人はいない。
静かな廊下を歩きながら、俺は横の和田を見た。
少し前までは浮かない表情ばかりしていた和田。
「言い返すともっと面倒なことになる」と
どんな陰口を言われても黙ることを選んでいた。

だけどあの進路面談の日。
吹っ切れたような表情を浮かべていた和田は、
次の日から噂の火消しを始めた。
司
……なに、そんな見つめちゃって
葵衣
葵衣
別に。お前にも怖いものってあんだな
和田はのらりくらりとしながらも、
他人に嫌われることを怖がっていた。
どう思われているか、どう見られているか。
そのことに対して敏感びんかんだったのは、村宮と一緒な気がする。

だからこそ和田は村宮に依存したのかもしれない。
似ているからこそ、余計に。
葵衣
葵衣
和田も村宮も、
互いが一番の理解者なんだろうな
司
そうかな。そうだと嬉しいけど
同じような孤独を感じているからこそ、
理解し合える部分がある。
階段を降りていた俺は、そこに鎮座ちんざする鏡を見た。

去年の夏、そこに存在しないはずの、
無表情の村宮が映っていた鏡。
今はちゃんと鏡の役割を果たしているそれは、
俺と和田だけを映していた。
もし、あの無表情な村宮を和田が見たら。
こいつはどう声をかけたのだろうか。
司
でも、宮ちゃんの一番の支えは
ボクじゃないと思うよ
寂しく聞こえる言葉とは裏腹に、
和田は穏やかな表情をしている。
そんな和田と鏡越しに目が合えば、
意味深な笑みを向けられた。
葵衣
葵衣
なに、
周
あおいーっ! つかさーっ!
まだーっ!?
司
はいはい、今行くよー
その笑顔の意味を問いただそうとするも、
村宮の叫び声にかき消されてしまった。
和田が村宮よりも俺を優先するはずもない。
階段を降りていく和田の後を追いかけながら、
俺は言うはずだった言葉をそっと飲み込んだ。







───








成也
成也
あかん……ねむ
周
オープンキャンパスって、
意外と疲れるんだね
成也
成也
もう何も頭に入ってこおへん
ゴン、と音を立てて机に頭を伏せた三浦につられて、
俺もあくびを零す。
三浦と合流したあと村宮の家で勉強会をしていたが、
俺らの気力体力はすでに限界に近かった。
葵衣
葵衣
今だけは三浦の意見に合意するわ
司
アイアイも眠そうだね。
ちょっと動いたら?
葵衣
葵衣
そうすっか……
つかお前は平気なのか……
葵衣
葵衣
おいなにクロスワードやってんだよ
司
国語のおべんきょ
成也
成也
サボりや
葵衣
葵衣
サボりだな
課題でも何でもないやつをやっていた
和田にため息をついて立ち上がる。
ずっと座りっぱなしだった身体はっていて、
少し伸びをしただけで背中がぽきぽき鳴った。

何気なくカーテンを開けて外を見た俺は、
思わず声をらした。
少なくともここに来るまでは晴天だったはずの空は、
暗く厚い雲におおわれていた。
司
わぁ、天気悪くなっちゃったね
周
えっ、雨降る?
葵衣
葵衣
今のとこ降ってねぇけど、
時間の問題かもな
和田と村宮も俺の横に並んで窓の外を眺める。
これは多分、結構な土砂降りになる予感。
その予感を裏付けるように、
低くうなるような音が遠くから響いてくる。
葵衣
葵衣
雷も鳴りだしたな
司
あんなに晴れてたのに……。
夏って感じの天気だね
もう数分もすれば雷雨になるだろう。
傘持ってきてないし、もしあったとしても
夏の豪雨に傘の効果は期待できない。

最悪カバンをおおうビニール袋だけ村宮にもらって、
自身は雨を浴びながら帰ろう。
葵衣
葵衣
なぁ村宮。
カバンおおえるビニール……
横を見ると、村宮は窓の外をジッと見つめていた。
葵衣
葵衣
村宮?
周
えっ? あ! なになに?
葵衣
葵衣
カバン入れられるような
ビニール袋あったりするか、って
周
あ、袋ね!
ちょっと待ってて!
ぱたぱたと窓から離れていった村宮の表情はどこか
強張こわばっていて、カラ元気な気がしてならない。
そう感じたのは俺だけではなかったらしく、
和田も村宮を見ていた。
さっきまで机に伏せていた三浦とも目が合ったので、
おそらくこいつも。
司
……セッチ、今日の夜は?
成也
成也
後で連絡しとくわ
司
さっすがぁ。
理解ある男は好かれるよ
司
アイアイも大丈夫だよね?
よし
主語のない会話をしたかと思えば、
そのまま俺にも振ってくる。
返事をしていないにも関わらず和田は勝手に頷いた。
何の話だ。
周
あおいー!
おっきいビニール袋あったよー!
司
あ、宮ちゃん。ボクたち
今日泊まっていってもいい?
周
えっ?
葵衣
葵衣
は?
戻ってきた村宮にかけた和田の言葉に、
思わず村宮とハモる。
なんだ泊まるって。
周
泊まってくの!?
ほんとに!?
司
傘持ってないし、それにほら、
セッチも寝ちゃったし
成也
成也
ぐぅ
三浦を見ればわかりやすく寝たふりをかましていた。

寝たふりすんなら喋んなよ。バレるだろ。
これでバレなかったら村宮はアホの子だぞ。
周
わ、ほんとだ……体勢きつくないかな?
毛布もってくるねっ

アホの子だった。










──
なし崩しで泊まることが決まった数分後、
予想通りの雷雨が始まった。
一時的なものではなかったらしく、
深夜になった今でもすごい音を立てて降り続けている。
雷もやばい。

なんとなく眠れずに寝返りを打っていた俺は、
しばらくして雨と雷以外の音があることに気が付いた。
声を殺して、小さくすすり泣く声。
三浦と和田は客用の寝室で寝ているので、
今ここにいるのは俺と、部屋の主である村宮だけ。
一瞬夏の風物詩ふうぶつしでも来たかと身構えたが、
冷静になって体を起こす。


窓際に置かれたベッドで寝ている村宮の身体が震えていた。

プリ小説オーディオドラマ