第4話

悪噂
326
2023/11/18 11:00

昼休み。中庭を見下ろせる二階の渡り廊下。
屋根もないその場所は、風通りがよくて心地がいい。
詰め込んだ授業を四回も受けた後の身体には染みる。

村宮は足を抱えて小さくなっているし、
三浦はおっさんみたいな声をあげながら
手すりにもたれかかっていた。
葵衣
葵衣
お前ほんとじいちゃんみてぇだな
成也
成也
じいちゃんたちに育ててもろたからな
葵衣
葵衣
そういや話し合い出来たのか?
三浦の弟・大和から説得してほしいと頼まれ、
カラオケの個室に集まったのはつい先日。
言葉が足りない三浦の性格は家族にも反映されるらしく、
すれ違いが出来てしまっていた。
成也
成也
話せたで。
やっぱ、ちゃんと伝えるって
難しいんやなぁ
葵衣
葵衣
じゃあ改めて
理学療法士りがくりょうほうし目指すのか?
成也
成也
おん
成也
成也
ほんま情けなかったわ。
大和にまで心配かけてもうて
葵衣
葵衣
お前意外とちゃんと
兄ちゃんだよな
成也
成也
兄ちゃんって呼んでくれても
ええんやで
葵衣
葵衣
死んでもやだわ
三浦の表情はどこか柔らかい。
進路が決まったからか、
最近は勉強にも身が入っているようだった。
葵衣
葵衣
おい、村宮。
お前はいつまで小さくなってんだよ
周
うぅう~~……、
数式が魔術……
葵衣
葵衣
何言ってんだ
成也
成也
立って風当たった方が
リフレッシュになんで
周
うぅ~~~……
三浦の言葉を受けて、村宮がよろよろと立ち上がる。
こいつ、こんなんで受験乗り切れんのかよ……。
周
あれ、つかさだ
手すりにもたれかかった村宮の声に中庭を見れば、
女子生徒と向かい合って立つ和田の姿があった。

昼休みになった途端とたん
どっか行ったと思ってたけど、あいつ……。
周
あれって告白なのかなぁ
成也
成也
まぁせやろな
周
つかさモテるねぇ
成也
成也
あれ上履きの色的に一年やろ。
悪いやつにひっかかってもうたなぁ
呑気のんきな二人の声を聞きながら、
女子生徒と話す和田を見下ろす。
三浦の言う通り、今年の春に入学してきた新入生だろう。
和田が女をはべらせてるという噂を知らないんだろうか?
まぁ、実際彼女という存在を作っている様子はないんだが。
周
女の子泣いちゃってる……
成也
成也
フったんやろな
葵衣
葵衣
まぁそうだろな
周
女の子もつかさもつらいね……
葵衣
葵衣
は? 和田もつらいのか?
周
だって、断るのも勇気いるでしょ?
それで相手泣かせちゃったら、
さらにつらくなるよ……
そう感じるのは村宮だけでは、と思いつつ口には出さない。
それはこいつの良さだし、否定するのは違う気がするから。
葵衣
葵衣
じゃあお前がなぐさめてやれよ
周
合点承知!
葵衣
葵衣
誰だこいつにこんな返事覚えさせたの
成也
成也
ええぞ村宮。
正しい使い方が出来るようになっとんな
葵衣
葵衣
お前か










───

次の日、登校した俺は少しだけ違和感を覚えた。
周囲からやけに見られている気がする。
葵衣
葵衣
……?
周
あおい? どうしたの?
葵衣
葵衣
いや……なんか
視線感じんなって
成也
成也
なんや、自意識過剰じいしきかじょうか?
葵衣
葵衣
なんでだよ
司
ついにアイアイにも
モテ期来ちゃった?
葵衣
葵衣
うざい言い方する天才だなお前は
司
ありがとっ
葵衣
葵衣
めてねぇ
靴を履き替える間も刺さる視線に嫌悪感けんおかんを覚えるも、
教室に近付くにつれてそれは少なくなってくる。
気のせいだったか、と机に荷物を置いていると
数人の女子が和田の元に集まっていた。
女子生徒1
ねぇ和田すごい噂まわってるよ
司
えーなになに?
女子生徒2
先輩を妊娠退学させたことある、とか、
教師脅して好き勝手やってるとか
司
なにそれ~
葵衣
葵衣
……マジでなにそれ
ケラケラ笑う和田たちの会話に、思わずドン引きする。
女たらしの噂は良く聞くが、
それ以上のことは聞いたことがない。
それに、和田と話すようになったからこそわかる。

和田は、そんなことをするような奴じゃない。
司
みーやちゃん♡
飲み物買いにいこ♡
葵衣
葵衣
きも……
だって和田は、村宮に激重感情を抱いているのだから。
出回っているのは根も葉もない噂だろうし、
和田も気にしている雰囲気はない。




だけど、思った以上に事態は深刻だった。











────



周
……つかさ
司
んー? どうしたの宮ちゃん
周
ごはん、買いに行く?
司
ううん、大丈夫だよ
昼になっても飯を食べない和田に、村宮が声をかける。
だがその誘いを、和田は断った。
変な噂が回り始めて一週間。
噂に尾ひれがついて大変なことになっている。

和田を知っている人間は笑って聞き流せるが、
和田を知らない人間は噂を信じ切って
遠巻きにするようになった。
突き刺さるような視線、ひそひそと交わされる声、
わざわざ三年の教室まで和田を見に来る奴らだっている。

さすがの和田も、結構こたえているらしい。
周
じゃあこのクッキーあげる!
僕お気に入りでいっぱい買ったんだ!
持っていたクッキーを問答無用もんどうむよう
渡している村宮を見ながら、
俺は弁当を食う三浦に声をかけた。
葵衣
葵衣
なんで急に
よくわからん噂が回ってんだ?
成也
成也
しらん。
気付いたらこうなっとった
葵衣
葵衣
どこで恨み買ってきたんだよこいつ……
呆れ交じりにそうこぼせば、
いきなり教室の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは数人の男子生徒。
上履きの色的に一年生だ。
真ん中にいた男が、こちらを見るとまっすぐ向かってきた。
一年
あんたが和田先輩っすか
司
……なに?
和田が答えると、男は急に和田の胸倉むなぐらをつかむ。
周
ちょ、ちょっと!
一年
あんた、ナナのこと弄んだ上に捨てたんだろ
村宮の制止も無視したその男は、
胸倉むなぐらをつかんだまま和田をなじる。
周りにいた取り巻きも口々に野次を飛ばす。
その内容はあまりにも稚拙ちせつで、
ただの八つ当たりに聞こえた。
というか和田が恨みを買ったのって、もしかして
あの告白してきた一年を泣かせたからなのか……?
一年
お前みたいなのがなんで生きてんだよ
葵衣
葵衣
おい、それは言い過ぎだろ
思わず挟んでしまった口を押さえる。
やべ。何も考えずにしゃべってしまった。
まぁでも、言い過ぎなのは事実。
一年
なんすかあんた。こいつの知り合い?
葵衣
葵衣
いや、はい
一年
言い過ぎってなんすか?
事実を言ってるだけなのに
葵衣
葵衣
事実じゃねぇだろ別に
一年
は? どこがっすか。
こいつは人の人生いっぱい狂わせてんすよ
妊娠退学とか、教師脅してるとかか?
確かにそれが事実なら和田はクソだけども。
葵衣
葵衣
こいつはそんなことしねぇよ
周
そ、そうだよ!
つかさはそんな子じゃないから!
葵衣
葵衣
大体なぁ……
司
いいよ
弱腰ながらも立ち上がった村宮と共に言い返していると、
和田に止められる。
司
ふたりともありがと
いつもはうるさいくらいに余計なことを喋りまくる和田は、
たった一言で話を終わらせた。

結局昼休み終了の鐘が鳴り、
授業をしに来た先生の登場によって男たちは帰って行ったが、
一部始終を見ていた教室の空気は冷え切っている。

シンと静まり返った空気を壊したのは、
和田が立ち上がる音だった。
周
つかさ
司
大丈夫。ちょっと一人にさせて
村宮に笑顔を向けた和田は、
授業が始まるにも関わらずそのまま出ていった。
一人になりたい気持ちはわかる。
一人で気分を切り替えたい時だってある。
変に追いかけても鬱陶うっとうしいかもしれない。
そう考えたら、下手に行動は出来ない。

でも。

周
……本当に大丈夫な『ひとり』なのかな
村宮だけが、和田と同じように立ち上がった。
周
僕だったら、こういう時一人はやだな
和田を追いかけていく足音を聞きながら、俺も立ち上がる。
同時に視界の端でもう一人立ち上がったのが見えた。
三浦だ。
事情が分からず困惑している先生の声を背に、
俺と三浦も教室を出る。
和田の意思を尊重そんちょうした方がいいのかもしれない。
だけど、村宮の──俺たちの行動もきっと間違いじゃない。



先に二人を見つけたのは三浦だった。
無言で指さされた方向に目を向けると、
外階段に並んで腰かけている背中が二つ。
村宮にぴったりくっついている和田の背中は
いつもよりも丸まっていて、どこか弱弱しい。

俺と三浦は、黙ってその場の壁に寄りかかった。
授業開始の鐘が聞こえてくる。
葵衣
葵衣
授業始まっちまったな
成也
成也
それよりも大事な時間過ごしてましたー
言うたらええやん
葵衣
葵衣
お前がそれ言うと鳥肌立つわ
成也
成也
これも青春や
葵衣
葵衣
……そうだな。
青い春って感じだわ

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