昼休み。中庭を見下ろせる二階の渡り廊下。
屋根もないその場所は、風通りがよくて心地がいい。
詰め込んだ授業を四回も受けた後の身体には染みる。
村宮は足を抱えて小さくなっているし、
三浦はおっさんみたいな声をあげながら
手すりにもたれかかっていた。
三浦の弟・大和から説得してほしいと頼まれ、
カラオケの個室に集まったのはつい先日。
言葉が足りない三浦の性格は家族にも反映されるらしく、
すれ違いが出来てしまっていた。
三浦の表情はどこか柔らかい。
進路が決まったからか、
最近は勉強にも身が入っているようだった。
三浦の言葉を受けて、村宮がよろよろと立ち上がる。
こいつ、こんなんで受験乗り切れんのかよ……。
手すりにもたれかかった村宮の声に中庭を見れば、
女子生徒と向かい合って立つ和田の姿があった。
昼休みになった途端
どっか行ったと思ってたけど、あいつ……。
呑気な二人の声を聞きながら、
女子生徒と話す和田を見下ろす。
三浦の言う通り、今年の春に入学してきた新入生だろう。
和田が女を侍らせてるという噂を知らないんだろうか?
まぁ、実際彼女という存在を作っている様子はないんだが。
そう感じるのは村宮だけでは、と思いつつ口には出さない。
それはこいつの良さだし、否定するのは違う気がするから。
───
次の日、登校した俺は少しだけ違和感を覚えた。
周囲からやけに見られている気がする。
靴を履き替える間も刺さる視線に嫌悪感を覚えるも、
教室に近付くにつれてそれは少なくなってくる。
気のせいだったか、と机に荷物を置いていると
数人の女子が和田の元に集まっていた。
ケラケラ笑う和田たちの会話に、思わずドン引きする。
女たらしの噂は良く聞くが、
それ以上のことは聞いたことがない。
それに、和田と話すようになったからこそわかる。
和田は、そんなことをするような奴じゃない。
だって和田は、村宮に激重感情を抱いているのだから。
出回っているのは根も葉もない噂だろうし、
和田も気にしている雰囲気はない。
だけど、思った以上に事態は深刻だった。
────
昼になっても飯を食べない和田に、村宮が声をかける。
だがその誘いを、和田は断った。
変な噂が回り始めて一週間。
噂に尾ひれがついて大変なことになっている。
和田を知っている人間は笑って聞き流せるが、
和田を知らない人間は噂を信じ切って
遠巻きにするようになった。
突き刺さるような視線、ひそひそと交わされる声、
わざわざ三年の教室まで和田を見に来る奴らだっている。
さすがの和田も、結構堪えているらしい。
持っていたクッキーを問答無用で
渡している村宮を見ながら、
俺は弁当を食う三浦に声をかけた。
呆れ交じりにそう零せば、
いきなり教室の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは数人の男子生徒。
上履きの色的に一年生だ。
真ん中にいた男が、こちらを見るとまっすぐ向かってきた。
和田が答えると、男は急に和田の胸倉をつかむ。
村宮の制止も無視したその男は、
胸倉をつかんだまま和田を詰る。
周りにいた取り巻きも口々に野次を飛ばす。
その内容はあまりにも稚拙で、
ただの八つ当たりに聞こえた。
というか和田が恨みを買ったのって、もしかして
あの告白してきた一年を泣かせたからなのか……?
思わず挟んでしまった口を押さえる。
やべ。何も考えずにしゃべってしまった。
まぁでも、言い過ぎなのは事実。
妊娠退学とか、教師脅してるとかか?
確かにそれが事実なら和田はクソだけども。
弱腰ながらも立ち上がった村宮と共に言い返していると、
和田に止められる。
いつもはうるさいくらいに余計なことを喋りまくる和田は、
たった一言で話を終わらせた。
結局昼休み終了の鐘が鳴り、
授業をしに来た先生の登場によって男たちは帰って行ったが、
一部始終を見ていた教室の空気は冷え切っている。
シンと静まり返った空気を壊したのは、
和田が立ち上がる音だった。
村宮に笑顔を向けた和田は、
授業が始まるにも関わらずそのまま出ていった。
一人になりたい気持ちはわかる。
一人で気分を切り替えたい時だってある。
変に追いかけても鬱陶しいかもしれない。
そう考えたら、下手に行動は出来ない。
でも。
村宮だけが、和田と同じように立ち上がった。
和田を追いかけていく足音を聞きながら、俺も立ち上がる。
同時に視界の端でもう一人立ち上がったのが見えた。
三浦だ。
事情が分からず困惑している先生の声を背に、
俺と三浦も教室を出る。
和田の意思を尊重した方がいいのかもしれない。
だけど、村宮の──俺たちの行動もきっと間違いじゃない。
先に二人を見つけたのは三浦だった。
無言で指さされた方向に目を向けると、
外階段に並んで腰かけている背中が二つ。
村宮にぴったりくっついている和田の背中は
いつもよりも丸まっていて、どこか弱弱しい。
俺と三浦は、黙ってその場の壁に寄りかかった。
授業開始の鐘が聞こえてくる。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。
登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。