第25話

花火大会
7,702
2022/06/19 09:00
───今日はいよいよ、花火大会。

花火大会は19時からだけど、原くんとの待ち合わせはひと足早い18時。

今の時刻は、17時25分。
そろそろ家を出てゆっくり向かえば、多分ちょうどいい頃だろう。
森川家 ママ
森川家 ママ
本当に浴衣で行くの?
森川 海
森川 海
……え?
どうして?
森川家 ママ
森川家 ママ
だって去年は歩きにくいし、
締め付けが苦しい!って
散々ゴネて着なかったじゃない
森川 海
森川 海
……確かに、
そんなことあったかも
私に浴衣を着付けながら、"やっぱり恋をすると女の子は変わるのかしらね〜"なんて呑気なお母さんの言葉に、私の内情は複雑だった。

確かに恋をしている。

だけど、今日一緒に花火を見るのは好きな人じゃない。

自分が作り出したこの複雑な状況を今日こそしっかり解消したい。
森川家 ママ
森川家 ママ
よし、できた!
森川 海
森川 海
ありがとう、お母さん!
行ってきま〜す!
そのためには今日、原くんと正面からもう一度向き合う必要がある。
***

沢山の人……人……人!!
賑わう出店に、手を繋いで歩くカップル、はしゃぐ子どもたち。

無事に原くんと待ち合わせ場所で合流してから、かれこれ1時間が経とうとしている。

たこ焼きを半分こしたり、子どもみたいに輪投げや、射的、ヨーヨー釣りを全力で楽しんで、気付けばもうすぐ花火が上がる時間だ。
原 蒼真
原 蒼真
さすがにすごい人だね。
はぐれないように、手繋ぐ?
サラッと差し出された手。

……握ることなんて、出来なくて。
森川 海
森川 海
……あ、大丈夫!
はぐれないようにちゃんと
原くんのこと、
原 蒼真
原 蒼真
ちゃんと見てて?
森川 海
森川 海
……えっ、
原 蒼真
原 蒼真
俺だけ見てて……って、
言えたらいいのにな
森川 海
森川 海
……原くん?
原 蒼真
原 蒼真
きっと、海の中では
俺が気持ち伝えたあの日に
答え出てたんだよね
森川 海
森川 海
……っ!
原 蒼真
原 蒼真
返事、長引かせて
……悩ませてごめんな
何も言えなかったのは、原くんの言っていることに心当たりがあったから。

優しい原くんに散々甘えて、今日までズルスルと先延ばしにしてきたけれど、原くんに告白されたあの時、とっくに私の中の答えは出ていた。
森川 海
森川 海
そ、その話なら……
花火が終わってからでも
なのに、この期に及んでまだ先延ばしにしようとする私は、どこまでもずるくて、往生際が悪い。
原 蒼真
原 蒼真
本当は、今日を海との
最後の思い出にしようって
ずっと決めてたんだ
森川 海
森川 海
……!
原 蒼真
原 蒼真
海が内海先輩に惹かれてることも、
多分、海より先に気付いてたよ
森川 海
森川 海
原くん……
原 蒼真
原 蒼真
楽しかった。
海と過ごせた時間、全部。
今日も良い思い出になった
そのどれもがお別れの言葉みたいで、ジーンと目頭が熱くなって、ジワジワと涙が溜まっていく。

私が泣いたら最低なのに、原くんとの時間を思い返せばその全部があまりにも優しすぎて、泣かないなんて無理だよ。
森川 海
森川 海
ごめんね、……原く、
原 蒼真
原 蒼真
俺、海のこと
すごく好きだよ
原 蒼真
原 蒼真
だから、
海には俺じゃない
原 蒼真
原 蒼真
"海が好きな人"と
誰より幸せになって欲しい
森川 海
森川 海
……っ、あり、がとう
原 蒼真
原 蒼真
泣いてる暇、ないんじゃない?
俺が報われるためにも、
"森川"にはちゃんと好きな人に
気持ち伝えてもらわないと
私を"森川"と呼んだ原くんに寂しい気持ちになった。
森川 海
森川 海
私、ちゃんと気持ち……
伝えてみる!
いつから逃げるだけになってた?

コミュニケーションが取れるって理由で、オオカミ先輩を手懐けるって決めたのに。

仲良くなれないって諦めて、私なんか……って思い込んで、どこかで不安や恐怖に飲み込まれていた。

『お前はもっと肩の力を抜いて
動物と接した方がいいんじゃねぇの』

もっと、肩の力を抜いて……いっそ、当たって砕けてみよう。

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