───今日はいよいよ、花火大会。
花火大会は19時からだけど、原くんとの待ち合わせはひと足早い18時。
今の時刻は、17時25分。
そろそろ家を出てゆっくり向かえば、多分ちょうどいい頃だろう。
私に浴衣を着付けながら、"やっぱり恋をすると女の子は変わるのかしらね〜"なんて呑気なお母さんの言葉に、私の内情は複雑だった。
確かに恋をしている。
だけど、今日一緒に花火を見るのは好きな人じゃない。
自分が作り出したこの複雑な状況を今日こそしっかり解消したい。
そのためには今日、原くんと正面からもう一度向き合う必要がある。
***
沢山の人……人……人!!
賑わう出店に、手を繋いで歩くカップル、はしゃぐ子どもたち。
無事に原くんと待ち合わせ場所で合流してから、かれこれ1時間が経とうとしている。
たこ焼きを半分こしたり、子どもみたいに輪投げや、射的、ヨーヨー釣りを全力で楽しんで、気付けばもうすぐ花火が上がる時間だ。
サラッと差し出された手。
……握ることなんて、出来なくて。
何も言えなかったのは、原くんの言っていることに心当たりがあったから。
優しい原くんに散々甘えて、今日までズルスルと先延ばしにしてきたけれど、原くんに告白されたあの時、とっくに私の中の答えは出ていた。
なのに、この期に及んでまだ先延ばしにしようとする私は、どこまでもずるくて、往生際が悪い。
そのどれもがお別れの言葉みたいで、ジーンと目頭が熱くなって、ジワジワと涙が溜まっていく。
私が泣いたら最低なのに、原くんとの時間を思い返せばその全部があまりにも優しすぎて、泣かないなんて無理だよ。
私を"森川"と呼んだ原くんに寂しい気持ちになった。
いつから逃げるだけになってた?
コミュニケーションが取れるって理由で、オオカミ先輩を手懐けるって決めたのに。
仲良くなれないって諦めて、私なんか……って思い込んで、どこかで不安や恐怖に飲み込まれていた。
『お前はもっと肩の力を抜いて
動物と接した方がいいんじゃねぇの』
もっと、肩の力を抜いて……いっそ、当たって砕けてみよう。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。