第3話

ただ一人の高校生
213
2018/10/19 09:43
狼谷信志
降ろすぞ、足痛くないか?
灰島香純
大丈夫、ありがとう先輩
狼谷信志
信志でいいよ、俺たち友達だろ?
 保健室までもふもふの羽を敷いた背中に乗せてきてもらった。
 正直、今座っている保健室のベッドより乗り心地はよかったな。
灰島香純
まだ、入学式始まってないのになぁ……
狼谷信志
さっきはごめんな、怖かったろ?
灰島香純
そりゃあ……でも、せんぱ、信志さんのせいじゃ無いし……
狼谷信志
俺、先生呼んでくるけど、一人で大丈夫か?
灰島香純
そ、そこまで子供じゃないよ
狼谷信志
そっか、お前は強いもんな。
じゃあ、ちょっと職員室まで、行ってくる。すぐ戻るからな
 信志先輩はにかっと笑ってから保健室を出て行った。
灰島香純
……静かだな
 そのままベッドに横になる。
 特にやることもなくぼーっとしていると、
 さっきの出来事を思い出す。
灰島香純
さっきみたいな子、この学校に一杯いるのかな……
 窓の外から校庭を見る。吹き飛ばされた女の子はいなくなっていた。
灰島香純
追いかけてきたりとか、しないよね……
 そうして心配になりつつ窓の外を見ていると、
 急に保健室の扉が開いた。
狼谷信志
呼んできた!
灰島香純
うひっ!?
 びっくりして変な声を出してしまった。
 静かな場所で急に音を立てるのはやめてほしい。
位達療
すみません、驚かせてしまいました?
灰島香純
あ、いや、あはは……
 知らない人に聞かれていたらしい。
 めちゃくちゃ恥ずかしい……。
位達療
おや、顔が赤いようですが、体調まで崩されましたか?
灰島香純
あ、大丈夫です! はい! あの、先生、ですか?
位達療
ええ、養護教諭の位達 療(いたち りょう)です。よろしく
 楠美先生は焦げ茶くらいの短髪に、
 保健室の先生らしく白衣を着ているのだが、
 何故かその下に見えるのは茶色い着物だった。
灰島香純
先生、着物着てるんですか?
位達療
ん、ああ。服を間違えてましたね
少々お待ちを……
 先生が手をパン、と叩いて鳴らすと、
 急にその手から煙が吹き出し、先生を隠してしまう。
 そして次に見えたときは、
 白衣の下は違和感のないパンツスーツになっていた。
灰島香純
え? マジック?
位達療
これでいいですか?
人から見ても違和感無い?
灰島香純
あ、はい、大丈夫だと思います……?
(人って何? 他人とか、そういうこと?)
位達療
良かった。じゃあ、捻ったところを見せてもらえますか?
灰島香純
は、はい、分かりました……
位達療
ああ、これなら大丈夫そうだ……
 先生は私の足を確認して、
 棚から塗り薬を取り出すと、
 私の捻ったところに塗ってくれた。
灰島香純
(わ、冷た……)
位達療
足、痛くないですか?
灰島香純
はい、なんか塗ってくれたら全然……
位達療
災難でしたね。入学式前から襲われて
灰島香純
ま、まあ、先輩のおかげでなんとか……
位達療
信志君はそれが役割ですから……
はい、ガーゼも貼っておいたから、もう大丈夫ですよ
灰島香純
どうも……あの、役目って?
位達療
ああ、新入生だから知らないか
と言うか、妖怪でも無いでしょうし
灰島香純
妖怪……
 そんなものいるわけ無いと思ったけど、
 実際襲われたら、もう信じるしかなかった。
位達療
そうですね、後で説明はあると思いますが、
簡単に言うと、この学校は妖怪が人間社会で暮らすために、
必要なことを学ぶための学校なんですよ
灰島香純
妖怪の学校……
(じゃあ、さっき先生が言ってた人から見たらって、
人間から見たらってこと?)
位達療
で、あなたはここに通う初めての人間の生徒さんなんですよ
灰島香純
初めてって……え、私以外に人っていないんですか!?
位達療
ええ。そもそも、白矢高校なんて聞いたことありましたか?
 言われてみれば、信志先輩からしか聞いたことないし、
 進路指導のときも、高校の情報を貰うまで時間がかかっていた。
灰島香純
そういえば、先輩からしかちゃんと聞いたことないです……
位達療
そういうことですよ
人に対しては必要な人にだけ門が開く、ここはそういう学校です
今回は、こっちがあなたを必要としていたんですけどね
灰島香純
私が、ですか?
位達療
ええ、あなたには――
 先生が話している途中で、チャイムが鳴った。
 そのチャイムも、なぜか半音ずれていて不気味だ。
位達療
ああ、もう入学式の開始ですね
みんなで一緒に行きましょうか
灰島香純
えっと、さっきの話は……
位達療
後でちゃんとした説明があると思います
今は式に遅れないようにしませんと
灰島香純
はあ……
狼谷信志
ああいう集まりって、やる意味あるんすか?
なんか小難しそうなこと話してお辞儀してるだけだし……
位達療
人間社会に溶け込むということは、
その社会の形式美も学ぶ必要があるんですよ
狼谷信志
そういうんもんなのか?
灰島香純
いや、私に振られても……
位達療
ほら、おしゃべりしてると遅れますよ?
 まだ始まってすらいない高校生活に不安を覚えつつ、
 だるそうな信志先輩と、妙に姿勢よく歩く療先生の後ろをついていった。

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