多分、鳥居に『白矢高校入学式』と書いてあるから、
間違ってはいないはず。
他の人は校舎に入っているのか、校庭には誰もいなかった。
とりあえず入ろうと校門を跨いだときだった。
後ろから声が聞こえ、振り向くが誰もいない。
気を取り直し、改めて前に向き直る。
目の前に女の子が立っていた。
白矢高校の制服を着た、髪の長い女の子。
その子は腰まで届くくらいに長く、
前髪で顔も隠れていた。
完全に井戸から出てきそうな雰囲気だった。
女の子の唯一見えていた口元が釣り上がっていく。
にたぁ、という音が聞こえそうなほどに歪んでいく。
その口は縫い合わせてあり、
ぶちっ、と音を立ててちぎりながら笑っていた。
彼女は突然私の方に向かって飛んできた。
走るとかではなく、飛びかかってきた。
すぐに反応もできるわけもなく、
そのまま地面に押し倒される。
ジタバタしても、女の子はびくともせずに笑っている。
彼女のにたついた笑みは、更に崩れていく。
そして、口が裂けてもまだ開いていく。
体は強張り、目をぎゅっと閉じる。
けれど、想像していた痛みは一向に感じられなかった。
恐る恐る目を開けてみると、
私の上から女の子はいなくなっていた。
そして、私をかばうように前に立つ信志先輩がいた。
あの夜出会った、黒い翼と狼の耳。
信志先輩がそこに立っていた。
女の子は四つん這いになると、
信志先輩に向かって飛びかかる。
さっき私にしたように、
とてつもない速さで飛んでいく。
信志先輩は大きな葉っぱを取り出すと、
それを女の子に向かって思いっきり振り抜く。
すると女の子は空高く飛んでいき、
ぐしゃ、と嫌な音を立てて落ちてきた。
信志先輩はこちらを向くと、
駆け寄って来て急に頭を下げた。
先輩はこちらを伺うように覗き込む。
正直、起きたことに対して頭が追いついていないが、
今は知っている誰かと一緒にいたかった。
先輩は私に背を向けてしゃがみ、羽を畳んだ。
私は畳んだ翼のところへ寄りかかる。
おんぶされてる最中、捕まる腕に少しだけ力を込めた。
校舎まではすぐだけど、
恐くてしっかり掴まりたかったとは、
恥ずかしくて言えなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!