第2話

命がけの初登校
253
2018/10/19 09:17
灰島香純
(……なんで校門に鳥居?)
 多分、鳥居に『白矢高校入学式』と書いてあるから、
 間違ってはいないはず。
灰島香純
(そういえば、信志先輩ってどこだろう?)
 他の人は校舎に入っているのか、校庭には誰もいなかった。
 とりあえず入ろうと校門を跨いだときだった。
???
本当だ……
灰島香純
ん?
 後ろから声が聞こえ、振り向くが誰もいない。
灰島香純
気のせいかな……
 気を取り直し、改めて前に向き直る。
???
本当に人間だ……
灰島香純
わあ⁉
 目の前に女の子が立っていた。
 白矢高校の制服を着た、髪の長い女の子。
 その子は腰まで届くくらいに長く、
 前髪で顔も隠れていた。
 完全に井戸から出てきそうな雰囲気だった。
灰島香純
あの、あなたも新入生……?
???
そう、なんだけど……
灰島香純
どうかした……?
???
ふ、ふふ……
灰島香純
(めちゃくちゃ怖いんだけど……⁉)
???
……できない
灰島香純
な、何が……?
???
我慢、できないのぉ……
 女の子の唯一見えていた口元が釣り上がっていく。
 にたぁ、という音が聞こえそうなほどに歪んでいく。
 その口は縫い合わせてあり、
 ぶちっ、と音を立ててちぎりながら笑っていた。
灰島香純
ちょ、ちょっと……?
???
ねえ、美味しい?
灰島香純
え……きゃあ⁉
 彼女は突然私の方に向かって飛んできた。
 走るとかではなく、飛びかかってきた。
 すぐに反応もできるわけもなく、
 そのまま地面に押し倒される。
灰島香純
痛っ……⁉
???
あなた食べたら、美味しい……⁉
灰島香純
あ、うぅ……⁉
 ジタバタしても、女の子はびくともせずに笑っている。
 彼女のにたついた笑みは、更に崩れていく。
 そして、口が裂けてもまだ開いていく。
灰島香純
なんで、こんな……⁉
???
食べたら分かるよね……
灰島香純
せっかく来たのに……死にたくない……!
???
いただきます……!
灰島香純
嫌だ……助けて……!
 体は強張り、目をぎゅっと閉じる。
 けれど、想像していた痛みは一向に感じられなかった。
 恐る恐る目を開けてみると、
 私の上から女の子はいなくなっていた。
 そして、私をかばうように前に立つ信志先輩がいた。
狼谷信志
お前、何したか分かってんのか?
???
ぐぅ……妖怪は、人を糧に生きる……!
お腹が空いた……!
狼谷信志
それを変えようとすんのが、この学校だ!
灰島香純
信志、先輩……?
 あの夜出会った、黒い翼と狼の耳。
 信志先輩がそこに立っていた。
狼谷信志
ゴメンな、すぐ終わるから
???
餌の横取り……!
狼谷信志
んなわけあるか。
……こんなに怯えさせて、覚悟しろよ?
???
うう……あああああああああ!
 女の子は四つん這いになると、
 信志先輩に向かって飛びかかる。
 さっき私にしたように、
 とてつもない速さで飛んでいく。
灰島香純
先輩⁉
狼谷信志
……っらあ!
???
ゔぁっ⁉
 信志先輩は大きな葉っぱを取り出すと、
 それを女の子に向かって思いっきり振り抜く。
 すると女の子は空高く飛んでいき、
 ぐしゃ、と嫌な音を立てて落ちてきた。
狼谷信志
古いんだよ、考え方が
灰島香純
先輩……
 信志先輩はこちらを向くと、
 駆け寄って来て急に頭を下げた。
狼谷信志
本当にごめん! 
俺、怖がらせるつもりでここを紹介したわけじゃ無かったんだ!
灰島香純
いや、その……
狼谷信志
危険な目に合わせて……
謝るだけですむ話じゃないよな……
灰島香純
怖かったけど……ありがとう、助けてくれて……
狼谷信志
いいよ。助けて当たり前だろ、あんなの……。
……あのさ、あんな思いさせて言うのは申し訳ないと思う。
でも、話を聞いて欲しい人が校舎にいるんだ。
一緒に来てくれないか?
 先輩はこちらを伺うように覗き込む。
 正直、起きたことに対して頭が追いついていないが、
 今は知っている誰かと一緒にいたかった。
灰島香純
わ、分かった……
狼谷信志
本当か! ありがとう!
そうだ、立てるか⁉ 痛いところとか無いか⁉
灰島香純
ええと……痛っ⁉ 足、捻ってた……
狼谷信志
そっか……ほら
 先輩は私に背を向けてしゃがみ、羽を畳んだ。
狼谷信志
とりあえず、保健室連れてってやるから。
背中、乗れるか?
灰島香純
いいよ、肩貸してくれれば……
狼谷信志
いやいや、捻ったところに力入れたら、余計悪くなるだろ。
素直におんぶされてくれよ
灰島香純
……分かった
 私は畳んだ翼のところへ寄りかかる。
灰島香純
(わ、モコモコで気持ちいい……)
狼谷信志
ちゃんと掴まってろよ?
灰島香純
あ、うん
灰島香純
(羽の上から支えてくれてるんだ、
 変なところ律儀だな……)
 おんぶされてる最中、捕まる腕に少しだけ力を込めた。
狼谷信志
落ちそうか?
灰島香純
ううん、大丈夫……
校舎まではすぐだけど、
恐くてしっかり掴まりたかったとは、
恥ずかしくて言えなかった。

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