第5話

大きな口と小さな一歩
162
2018/11/02 10:21
クラスでのオリエンテーションが終わり、
担任の鬼頭先生が号令を出す。
鬼頭猛
じゃあ、これで説明は終わりな
後は廊下に出るときは人の姿でいること!
それと学生寮に入るやつは、時間までに寮の前に集まれ、以上!
起立! 礼!
灰島香純
ありがとうございました
 ――バキッ、ゴキゴキ!
灰島香純
ひっ!?
教室中から骨を折るようなえげつない音が聞こえる。
先生も生徒も、妖怪たちはみんな着席ではなく、
自分たちの姿を人に変え始めていた。
灰島香純
(これから毎回聞くんだ、この音……)
首の長い子や角の生えている程度の人なら、
引っ込めていくだけでいい。
ただの骨だったり、毛むくじゃらだったり、
人じゃない姿の子が人になっていくのは、
音がグロテスクなのもあって、やっぱり怖い。
氷室正雪
灰島さん
灰島香純
あ、氷室君……
そんな中、特に大きく姿が変わらない人もいる。
最初から人の姿でもある、雪男の氷室君だ。
灰島香純
(氷室君は雪男だから普通……)
彼は気持ち悪い音をたてて変身したりはしない。
でも顔立ちは整ってるのに、やたら肌は白いし、
熱を出した人が使う冷却シートをずっと貼っている。
しかも、おでこ以外に頬とか手首とか、
肌の出る部分のほとんどに貼っている。
灰島香純
(普通じゃないなぁ……)
氷室正雪
どうかした?
灰島香純
あ、何でもないよ! ほんと!
氷室正雪
ふーん? ま、いいや。この後暇?
灰島香純
寮に集まる時間までは大丈夫だけど……
氷室正雪
じゃあさ、じゃあさ――
鬼頭猛
おい、灰島!
灰島香純
は、はい⁉
鬼頭猛
お前、今から生徒会室行って来い。ここ出て右な
灰島香純
何かあるんですか?
鬼頭猛
ああ、お前生徒会に入れ
灰島香純
ええ⁉
今まで無理やりそういうのに入れられたことはあったけど、
先生から言われるとは思わなかった。
灰島香純
あの、私より他の人の方が……
鬼頭猛
いや、学校の方でもそうしろって話でな
詳しいことは生徒会の奴らが説明すっから、大丈夫だろ
灰島香純
そんな大事なんですか⁉
鬼頭猛
まあ、お前は特殊だからなぁ
とりあえず早く行っとけよ?
灰島香純
はあ……分かりました
そういうことだから、ごめんね氷室くん
氷室正雪
いいよ、なんか面白そうだし
せんせー、俺も行っていいですかー?
鬼頭猛
ん、まあいいだろ。生徒会のやつに聞いとけ
氷室正雪
はーい。そういうことでついてくから
灰島香純
私はいいけど……
氷室正雪
嫌?
灰島香純
ううん、別に……
きっと彼に悪気は無いと思うけど、
人が側にいるというのが落ち着かなかった。
視線が気になってゾワゾワする。
灰島香純
じゃあ生徒会室、行こっか
氷室正雪
よーし、何があるんかなー
先生の言うとおりに教室を出ると、
すぐに『生徒会室』と書かれた部屋を見つけた。
灰島香純
失礼します……
狼谷信志
お、香純!
灰島香純
先輩⁉ というか、隣……!
教室に入ると、
信志先輩が羽を畳んで長椅子に座っていた。
???
う……
そして隣に座る、顔も隠れるほどの長い黒髪の女の子。
でも私は、その前髪で隠れた顔に、
糸で縫い付けられた頬まで避ける口があるのを知っている。
今朝、校庭で私を食べようとした妖怪だったから。
灰島香純
その子さっきの⁉
氷室正雪
なになに? 知り合い?
狼谷信志
今朝ちょっとな。というかお前は?
氷室正雪
氷室です、灰島さんのクラスメートでーす
狼谷信志
ほー。あ、ちなみにこの子も今年の入学生な。
それから、香純に言いたいことがあるんだってさ
???
うう……
灰島香純
私に……?
狼谷信志
大丈夫、もう襲わないし、俺もいる
先輩は笑って言うが、怖いものは怖い。
多少先輩に近づきつつ、女の子と向き合う。
灰島香純
その、話って……?
???
う……
狼谷信志
ほら、言わないと分かんないだろ?
???
うう……
困ったように先輩と私を交互に見ている。
校庭で会ったときは別人みたい。
やがて決心がついたのか、
前髪を寄せて、私にも赤い目が見えるように向き直った。
???
……ごめんなさい
灰島香純
へ?
???
校庭で食べようとして、ごめんなさい……
灰島香純
えっと……?
狼谷信志
まあ、いろいろ原因はあるんだけど……
危なかったとはいえ、わざと襲ったわけじゃ無いんだ
???
美味しそうなのは本当……
でも、普段から人を襲ったりしてないのも、本当……
最初に会ったときから、消えそうな声で話をしていたが、
今の女の子は、もっと悲しそうに話をしていた。
きっと心から謝っているんだというのは、私にもわかる。
狼谷信志
最初から許せとは言わないけどさ、
でも、チャンスだけは上げてくれねーかな?
灰島香純
チャンス?
狼谷信志
俺たちは人より長生きしてるけどさ、
人間と同じで、そいつが悪いことをして直そうと思っても、
誰かがそいつを認めてくれないとダメなんだ
灰島香純
その人を、認める……
狼谷信志
もう大丈夫って受け入れてもらえない限り、
そいつにとっては何も変わらないんだ
中学生だった昨日までの事を思い出す。
誰も私の言葉なんか聞いてくれなくて、
何をしても受け入れてもらえなかった。
???
うう……
私をいじめてきた人たちと同じにはなりたくない。
そのために、みんなとは違う高校に入学したんだから。
灰島香純
……ねえ、名前、なんていうの?
崎口美麗
……崎口、美麗(さきぐちみれい)
灰島香純
崎口さん、本当のこと言うと、まだあなたのこと怖いよ……
崎口美麗
ごめんなさい……
灰島香純
でも、謝ってくれてるのは本心だと思うから……
この子は私を襲ってきた怖い子だけど、
私が認めないと、二度と直せるチャンスは来ない。
それは、とても辛いことだから。
灰島香純
その……いいよ、もう……
崎口美麗
ほんと……?
灰島香純
うん……
崎口美麗
ありがとう……!
プツ、プツ、と崎口さんの口を縫い付ける糸がちぎれていく。
彼女は頬までパックリ口を開けて笑った。
やっぱり怖いけど、さっきよりずっと可愛らしい。
狼谷信志
さすが香純! やっぱり強いよお前!
灰島香純
強くは無いと思うけど……
あ、でも我慢できなくなったら……!
狼谷信志
大丈夫、そのときは俺が助けてやるよ!
崎口美麗
も、もう食べないから……
氷室正雪
あ、僕もいるからね?
???
そう、そのための生徒会だからな
灰島香純
ん? 今の誰……?
場の空気が明るくなったところで、
一人知らない声が聞こえたほうを向くと、
そこには大きな男の人の顔が壁に現れていた。

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